会話

じょーかーてぃーけーあい

会話

 夕暮れ。都会の一角。雑木林に囲まれた公園がある。

 女性が道を歩いていた。仕事帰りだろうか黒いスーツを着た彼女は不意に立ち止まる。公園の前だった。彼女はしばらく公園をぼんやりと見ていた。すると公園の入り口へと歩き始めた。公園を通り抜けた方が速いと考えたのだろう。

 公園に入ったとき、彼女はベンチに見知った顔を見つけた。向こうも気づいたようで立ち上がりお辞儀をした。

「先輩。お久しぶりです」

「あ、ああ、少年。久しぶり。二週間ぶりかな」

 彼女は少し驚いたのか、言葉を詰まらせる。一方で少年は落ち着いていた。しかし、彼は少年と呼ばれるにはあまりに背が高く、大人びている。大学生だろうか。

「先輩、少年っていうのやめてくださいよ。もう八十九ですよ、僕」

「私から見たら坊主でもいいくらいだよ。そこを妥協してやってるんだから感謝してほしいくらいさ」

 いつも通りといった雰囲気で二人の会話は進む。人の姿をしたナニカ達の会話だったようだ。

「相変わらずですね、先輩は。まあ、僕は確かにまだまだ若輩者ですからね。ところで先輩、先日友人に聞かれたんですけど、聞いてもいいですか」

「オネーサンに何か質問かい? 何でも聞いてくれたまえよ、少年」

 彼は苦笑いしながら聞いた。彼女はおどけて答えた。

「『人間』ってどこが一番美味しいと思います?」

 彼は興味津々な目で彼女を見る。どうやらナニカ達は妖怪や悪魔の類のようだ。

「へ……へー。なるほど。それは難しいね。うん、実に難しい。」

 彼女は返答に詰まっていた。どうやらそうとう難しい質問のようだ。少し経って、彼女は口を開いた。

「ま、まあ、強いて言うなら、『絶望』とかかな。うん」

「あ~、なるほど。僕は『恐怖』だと思うんですよね」

 彼女の答えに対して思いのほか軽く彼は流した。すでに彼は自分の回答を持っていた。それについて彼女は驚いたようだ。焦っているようにも見える。

「まあ、ひ、ヒトによるからな~。あとは『脳』とかかな、うん」

 彼女は意見を合わせようとしている。この議論を終わらせようとしているのだろう。それだけ難しい質問なのだろうか。

「それは僕も一緒ですね。嬉しいです。オイシイですよね、甘くて。」

 彼は嬉しそうな顔で答える。彼は特に議論するつもりではなかったらしい。単純に自分より経験の多いヒトの答えを聞きたかっただけのようだ。

「まあ、これはみんな一緒だろ」

「確かにそうですね。」

 二人は声を出して笑う。

「あっ、じゃあもう行きますね。また会いましょう、先輩」

「おっ、そうか。また会おうな、少年」

 そう言って彼は走っていった。彼女は彼が公園を出ていくのを見届けてから、大きく息を吐いてベンチに崩れ込んだ。額には汗が浮かんでいた。顔は青白いが、ホッとしているようだった。

「ふー、もういっそ、演劇団にでも入ろうかな、私。」

 彼女はそう呟く。

「悪魔も騙せる女優みたいな感じのキャッチコピーとか、どうよ。はは、笑えない。」

 彼女は自嘲気味に笑った。しかし、すぐに真剣な顔つきになる。その顔は怯えているようにも見える。

「いつまで私は百歳やら二百歳やらの悪魔のふりをすればいいんだ。悪魔が好きな人間の部位とか知るか。たぶん話は合わせられたはず。あの悪魔をいつまで騙せる……。もう四回目だぞ。いつばれるのだろう。いつ私は喰われるのだろう」

 彼女は震える声で叫ぶように言った。その声は理不尽に対する怒りも含まれているようだった。


 公園から出た彼は雑木林から彼女がベンチに崩れる様子を見ていた。そしてまた走り出す。急いでいる様子だった。彼は走りながらも笑顔で呟いた。

「最初にあったときから先輩は美味しいですよ」

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