第09話】-(おかえり

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

フルーヴ〉ギルメン ルノン〉魔法の先生

──────────


(カナタ視点)


 紬の声が聞こえた──。


 僕をかばい、フルーヴに声を荒らげる声が。そして二人から僕を守ってくれている。このまま愛する、守ってあげたい女に逆に守られるなんて……しかも二度も。らしくないよな。僕の中で小さな核が強固なものへと変わった瞬間だった。


『ほらほら、このままじゃ負けちゃうよ? もっと力を与えてあげようか?』


 ─……んな。


『は?』


 ─ざけんなっ‼


『ふふ。私に当たるのはやめて欲しいな。これは全て君が選択した結果だ。敬語のかなたくんがいなくなったね。そうだよ。それが本来の君の姿。他人と距離を保つ為にそうやって丁寧なフリをする』


 ─ふっ、そうだな。


『何が可笑しい?』


 ─散々振り回されたよお前に。でもそれは自分の中にまだ揺らぎがあったからだ。紬が俺の手から離れていってそれでも想い続ける事が出来るのか、守り続ける事が出来るのか、この僅かな隙間にお前は入ってきた。本当の意味で覚悟が出来ていなかったのかもしれない。


─────


 ─だが、俺はお前を屈服くっぷくさせる。

  確信したよ。

  紬は俺の大切な唯一無二の存在パートナーだ。どんなに足掻あがいたとしても。


─────


『面白くなってきたよ。そんなムキになる程、君があの女に振り回されるとは滑稽こっけいかしら』


 ─確かに俺の見目だけで近寄ってくる女は沢山いる。現に俺だってなりふり構わず使えるものは全部使って紬に近づいてる。


『そうでしょ? 何故その可能性の低い選択肢を選ぶのか私には理解し難いんだよ。ましてや本来の君は冷静で冷淡なはずなのに』


 ─さすがというか、自分の中の俺だな。これをくつがえしたのが紬なんだ。だから欲しい。


『ほら、自分でも欲しがっているじゃない? 例えばそれのきっかけが身体からでもいいのでは? そうして手中に収めてしまえば君の隙間は埋まるんだよ?』


 ─そんな汚い言葉で紬をけがすな。お前事態、形のない者なのに俺には形を求める。そんなにしてまで身体じったいが欲しいのだろう?


『ふんっ、私をねじ伏せに来るとは……。さっきは刺そうとしていた癖にどの口が言うのかしら。これがあのちっぽけな絆ってやつなの?』


 ─ちっぽけ? お前は馬鹿じゃないのか? 絆だからこそ、僕は紬を刺さなかった。お前だって見ただろう? 刺せるわけが無い。これは理屈じゃない。身体に刻み込まれた記憶、想いだ。


『ふん。気に入らないわ。それでも、私に抗った事は確かだ。この破滅衝動はめつしょうどうにも耐えた事には称賛しよう……どうしようかな。このまま君を取り込むのも悪くないけど、少し時間をあげてもいいよ?』


 ─随分、上から目線だな。でもこのくらいの衝動、もう俺には効果はない。お前の望み通り形にしてやったんだ。約束くらい守れよ。二度は言わない。大人しくしていろ。


『形……それは、肯定しよう。ふふ。叶わぬ想いを糧にして。その生きる姿は……率直に言うよ。美しくも見える。人間は儚くもろい存在だ。少しのひずみが大きなひびへと変わる』


 ─そうだな。小さなすれ違いで人の気持ちは大きく変わる。だけど、やっと目が覚めたよ。腹をくくれたよ。お前も俺の中の一人だ。けれど、この身体の主人はこの俺だ。


まとうものが変わったね。ふふ。それでこそもう一人のわたしだ。だから猶予を与えるよ。叶わぬものの先に何があるのか、絶望の先を見てくるといい。そしてわたしの元に帰っておいで』


 ─猶予? 言い方は気に入らないがお前の元には帰らない。紬は暴走中でも身をていして守ろうとしてくれた。俺はあの行為を信頼を揺るがすものは許さない。それが決して自分自身であっても。


『なるほどね……。君のく末は、幸か不か……。その守りたいとやら、想いとやら、私に見せてみるがよい。少しでもおのが心が迷った時、私がらい尽くしに行くから』


 ─受けてたってやるよ。くるならこいよ。


『勇ましいこと……今以上の力が欲しくなったらいつでも呼ぶがいい。私は君の味方だから。どんなに君が汚れたとしても』


─────


 僕の視界が開ける。


「フルーヴ、もういいわよ。解除しなさい」

「……はい」


 ルノンさんの言葉でフルーヴを取り囲んでいた粒子が消失する。


「僕は……」


 僕の視界には、ルノンさんの横で座り込み治療を受けている紬の姿が見えた。脇腹部分の服が破れている。


 これはさっき僕が……。


 紬が僕の方に顔を向けた。瞳が重なり合う。僕はらしそうになってしまった。でも……。


「カナタも自分を取り戻したんだね」そして……



「──おかえりなさい」



 ルノンさんに回復魔法リカバリーをかけられながら彼女は瞳を閉じて優しく笑った。そして彼女は僕に右手の小指を差し出してきた。


 これは……僕達の世界での指切りの合図を。僕は紬の元へ駆け寄ると膝を地面につけ動かなくなったその小指に自分の小指を絡め左手でその繋がった指を大きく包む。


「約束だよ」


 彼女はまるで女神のように微笑んだ。「もう自分を見失わない約束ね」。そう彼女は言いたかったんだと思う。僕は目を細め急速に溢れてくる涙で視界がかすむ。そこへルノンさんが声を掛けてくれる。


「大丈夫よ。ちょっとしたかすり傷だから。本能がそうさせたのね。カナタくんの心がらしたんだと思う」

「紬、……ごめん……なさい」


 僕はその場に崩れ落ちた。こうべを垂れ、遅すぎた自分の特訓の終わりにとめどなく涙が零れていく。そこへフルーヴが僕の前にくると思い切りその足で僕の頭をけり飛ばしてきた。僕はその場に倒れこんだ。


「フルーヴっつ‼」


 紬がまた悲鳴に似た声を出す。でも僕はそれを遮って。


「いいんだ、紬……」


 当たり前の仕打ちだ。僕が彼の立場でも同じ事をしたかもしれない。フルーヴの冷たい声を頭から浴びせられる。


「女の身体に。僕の弟子に何て事してくれるの? かすり傷で良かったものの次は本気でいくから」


 それは、いつものフルーヴの姿ではない。男の姿だった。そしてこれが彼の本来の姿なんだと知った。


「すみません……」


 僕は上体を起こし地面に頭をこすりつけ謝罪した。手元にあった草を握りしめる。僕はこの瞬間を絶対に忘れない。もう二度と紬にやいばを向けたりしない。


─────


 程なくして紬の傷は完治した。


 彼女は夕食になると元気を取り戻しいつもの食欲で食べていた。僕は情けなくも目を腫らし誰の目も見る事が出来なかった。すると紬が僕の顔を覗き込み話し駆けてくれる。


「カナタ、食欲ないの? 私の傷も綺麗に治ったことだし、気にすることないよ」


 口いっぱいにパンを詰め込んだ姿で彼女はまた笑う。


 このいつもの光景。食欲旺盛な紬の姿に僕の心は癒された。あの夜、あんなに悲しい、苦しい顔をしていたのに。自分の事よりも僕の事を気にかけてくれる。彼女は僕に笑ってみせる。紬、君は本当に強くなったんだね。心も身体も。


 するとルノンさんも。


「今回はちょっとひやっとしたけど、今日の事を忘れなければカナタくんはもう大丈夫よ」


 そう声を掛けてくれる。


「もう……フルーヴもいつまでもむくれないの。君だって人の事言える立場じゃないんだから」

「うう……」


 それまで淡々と食事をしていたフルーヴが何故か苦い顔をした。蹴り飛ばされてからフルーヴとは会話は無かった。


「分かったよ……カナタ……約束だから……イトアのこと……分かったね?」

「……はい」


 僕はもう一度深く頭をさげた。


「今日の事は他言無用よ。この特訓は何があってもおかしくない。力を持たない者には理解しがたいわ。分かったわね?」


 僕達は静かにうなずいた。


(続く)

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