第08話】-(トラスト

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

フルーヴ〉ギルメン ルノン〉魔法の先生

──────────


(紬/イトア視点)


 この日もカナタの訓練は続く。カナタのリミットが解除される。


 でも今日のカナタのまとっている空気は尋常ではなかった。森がざわつき始めた。鳥たちはまるで避けるように一斉に飛び立っていき、カナタの周りだけ空気がひんやりとしたものに変わる。私の肌も心なしかピリピリとした感覚がしていた。


 それを瞬時に察知したルノンさんが透かさず私達に声を掛ける。


「ヤバい。これはカナタくん、本気だしてきた。ここは三人でいくわよ」

「はい」

「分かった」


「フルーヴ、今この時だけ解除を許す」


 いつもニヤニヤしているルノンさんの様子が違う。真剣な眼差し、口調でフルーヴに告げた。彼は静かにうなずく。そして私とフルーヴは顔を見合わせ共に唱える。



 ──『境界寸裂リミテーションスルー



 フルーヴのリミット解除時の形状はカナタ同様、光の粒子が身体にまとうタイプだった。そうする内にカナタが私達に向かって槍を振り被り突進して来ていた。まずは私がカナタに向けて魔法を具現化する。



 ──『閃光弓スペイシャス・ピラー



 頭上に広範囲の光の矢がカナタに向かって解き放たれる。

 でもその矢をカナタは頭上で槍を回転し全て弾き飛ばし足を止める様子がない。


「全然、効いてない……⁉」


 私は思わず声に出していた。

 そこへフルーヴがたて続けに魔法を具現化する。



 ──『堅剣猛炎ソード・インフェルノ



 フルーヴの周辺に数百もの炎をまとった短剣が宙に浮いている。そしてフルーヴが手をかざすとその合図でカナタに向かって一斉にやいばを向ける。もはや人間相手に繰り出す技ではない。私の中で恐怖が生まれる。もしここでカナタが負傷してしまったら……。


 でもその不安は直ぐに打ち砕かれる。カナタはその剣の束ですら槍の回転でおのれを取り巻く周辺の剣を全て弾き飛ばし間合いを詰めてくるのだ。リミット解除し魔力の増したフルーヴの魔法でさえ弾き飛ばすその槍の威力。


 彼は私よりもはるかに高い魔力を持ち合わせていることが分かった。こんな時なのに純粋に凄いと思った。あっさりと私とフルーヴの魔法を突破したカナタがみるみると私達の元へ接近してくる。その目は殺気立ち、私は怖くて目を合わす事が出来なかった。


 今度はルノンさんが詠唱を始める。



 ──『闇黒水端トルー・プーセ



 地面から現れた広範囲の漆黒の闇の柱。その中にカナタが入ると霧状の闇が絡みつくように身体を拘束し、やっと動きを止めることが出来た。


「イトアちゃん、カナタくんを少し後退させてっ」

「それって……っ‼ でも切り抜けてしまったら……」

「今のイトアちゃんなら大丈夫。自分を信じて」


 私は細心の注意を払ってカナタの身体に向かって手をかざす。そして風の魔法を具現化する。すると防御の体制を取るも彼の身体は打撃を受け「ぐはっ」と苦痛の声を漏らし地面を削り後退していった。


 そこへフルーヴが透かさず衝撃波で吹き飛ばし大木に激突させた。身体をくの字に曲げ木からずり落ち腰をつくカナタ。フルーヴはゆっくりとカナタの元に近づくと冷たい口調で吐く。


「早く、元の自分を取り戻せ。男だろ」


 リミット解除したフルーヴは男口調になっていた。カナタの両眼りょうがんがフルーヴを睨みつける。身体を痛みつけられたカナタはすぐに身体を動かすことが出来ない。


 瞬刻しゅんこく──、カナタを包み込んでいた光の粒子が柱となり。その衝撃で今度はフルーヴが地面を削りながら後退していく。


「なめんじゃねえっ‼」


 カナタの怒号どごうが響く。


 と同時に立ち上がったカナタはすかさずフルーヴに向けて大きく槍を振り被った。このままではフルーヴが負傷してしまう。しかしフルーヴの口角がニヤリと上がった。


「甘いな」


 フルーヴがカナタに向かって手をかざすと豪速ごうそくの風がカナタの動きを止める。彼の槍の具現化が解かれ身体が吹っ飛んでいく。


「風の加護が強いだけでいきがらないでくれる?」


 冷たいフルーヴの声が響いた。またしてもカナタの身体は大木に撃墜げきついした。カナタは血を吐く。


「カナタっつ‼」

 私は思わずカナタの名前を呼ぶ。

 このままでは……。


 そのうちにフルーヴがカナタにとどめを仕掛けようとカナタの元に近づいていく。あんな至近距離で何かされたら……。いくらカナタが暴走しているとはいえ、これでは一方的にカナタが痛めつけられているようにしか見えない。私は、気が付いた時にはフルーヴの前に立ちはだかり彼の前で両手を広げていた。


「フルーヴ、やめてくださいっ‼ このままではカナタが……」

「イトア‼ カナタに近づくなっ危ないっ‼」


「え……」

 その時──。


 私の脇腹に軽い痛みが走る。カナタの穂先が私の脇腹をかすめていたのだ。


「紬……今のうちに僕から離れて……」


 一瞬正気を取り戻したカナタが顔をゆがませながらかす。私は悟った。本来ならこの槍は私を突き刺そうとしていた事を。それをカナタがらしてくれた事を。


「ばかっ‼ 今のカナタくんはいつもの彼じゃないのよ⁉ フルーヴくらいじゃないと手に負えない」


 ルノンさんは咄嗟の私の行動に驚き、すぐさま私の元に駆け寄ると私の手を取り疾走する。その様子を見ていたフルーヴが冷たく言い放った。


「落ちぶれたもんだね。仲間を手にかけるなんて」

「くっ……」

「イトアは、君よりずっと早くにこの力を物にしたよ。それに比べ……」

「…………」

「襲う次は、殺す気なの? それが本来のお前なの?」

 

 その言葉に私は我慢ならなかった。


「フルーヴやめてっ‼ カナタは絶対、自分に打ち勝ちますっ‼ 今のだって偶然なんかじゃないっ‼」


─────


「確かに今は私達にやいばを向けてくるけど……それでも私の大事なパートナーなんですっ‼ カナタを侮辱しないでっ‼」


─────


 私は気がつくと叫んでいた。何故だか分からない怒りと恐怖が入り交じりその場に崩れ落ちる。フルーヴは舌打ちをすると、動けないカナタの頭を引きずり。私の元へ連れてきた。


 髪を掴み顔を無理やり上げる。その扱いに私の怒りが再び蘇る。


「よく見ろ。お前がしたことだ。戻ってこいカナタ」


 私はフルーヴの手を払う。項垂うなだれたカナタの身体を強く包むこむ。フルーヴに打ちのめされて口から血がにじんでいる。うつろな瞳をしている。カナタは絶対に戻ってくる。私が守ってあげなくちゃ……。


(続く)

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