第03話】-(破滅衝動

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

フルーヴ・男性〉ギルメン、主人公の魔法の先生

ルノン・女性〉フルーヴの魔法の師匠

──────────


(客観的視点 続き)


「ちょっと荒療治あらりょうじだけどいくわねっ‼」


 その構えをみてフルーヴの目が見開き慌てふためいた。


「そんな魔法……大丈夫⁉」

「いける、いける~っ‼」


 フルーヴの心配を余所よそに能天気に答えたルノンはその魔法を具現化した。



 ──『地獄死楼ジェイル・ヘル



 地響きを立てながら両開きの門が出現する。これはフルーヴが以前、黒竜討伐の際に具現化した闇の最上級魔法。


 門が開くと中から勢いよく出てきた無数の鎖がイトアの手や足、胴体にがっちりと絡みつきその身体を拘束した。振りかざしていた手先まで拘束し彼女の行動がピタリと止まる。


「くっ……こんなもので」


 イトアがガチガチに絡まった鎖に身体を無理やりひねりもがく。ルノンに向けて両眼りょうがんを吊り上げた。


「これで少しの間、時間稼ぎできるかなっと」


 そんなイトアの形相ぎょうそうに臆することもなく、魔法陣を前に手をはたき、腰に手をあて仁王立ちするルノン。


(まさか、人間相手にこの魔法を使うだなんて……)


 イトアも規格外だけれど自分の師匠の規格外さにフルーヴは開いた口がふさがらなかった。そうする間にイトアの光の柱がだんだんと細くなっていく。ルノンが自身の腕時計を見てつぶやいた。


「おおかた五分ってとこか」


 それがイトアのリミット解除の制限時間だということを指し示していた。


「この間に……休憩を……」


 フルーヴが岩陰から姿を現す。さすがに連続で魔法を具現化したルノンとフルーヴのひたいに汗が光る。


「このままじっとしてくれてたらいいんだけど」

 ルノンがフラグを立てた。


「先生……やめて」

 フルーヴがそのフラグをへし折ろうとする。


 始めは抵抗したイトアだったが無駄だと悟ったのか身動き一つせず長い髪を垂らしうつむいていた。


 しかしその身体中から殺気さっき立ったものを漂わせていることを感知した二人は彼女を凝視する。イトアがフッと顔を上げ微笑んだ。


「「え」」


 鎖にひびが入っていく。イトアの身体全体に光の刃がほとばしり、バアンという音と共に鎖が玉砕ぎょくさいされた。


「うそ──っ⁉ まじ──っ⁉」


 ルノンがその光景に思わず声を上げ目を丸くする。一方でフルーヴが何か魔法の詠唱を始めていたまさにその時。



 ──光の柱が消失。



 フルーヴは詠唱を止める。ふぅと肩を撫で下ろし安堵あんどの表情を浮かべる二人。両膝に手を置き呼吸を整えているフルーヴがふとルノンの方に顔を向けると。


「い、イトアちゃん、す、す……凄いわっ‼」


 先程の安堵あんどの表情から一変して感動にすら近い表情を浮かべ。手をわなわなと震わせ心を打ち震わせているルノンの姿が見えた。


「…………」


 フルーヴはその様子に絶句し、また顔をひきつらせている。


 その頃イトアは両膝を地面に着き正気を戻していった。「はあ、はあ……」と荒い息を吐き大量の汗をかいている。失敗した、と言わんばかりに疲弊ひへいした顔でフルーヴとルノンに視線を送る。


「ま、一回目だからね。まだまだこれからよ」


 ルノンは先程の表情がバレないように取りつくろい、励ましの言葉を掛けながら膝を着いているイトアに近づくと手を差し伸べる。フルーヴは気を取り直し汗でひたいに張り付いた前髪を流すようにぬぐっていた。


「ごめんなさい。ダメでした……」


 イトアはか細い声でうつむなげく。リミット解除時に上級魔法を使った為、身体がまだ慣れてないイトアはすぐには立ち上がることが出来ない様子だった。


「気にしない、気にしない」


 ルノンは差し出した手を彼女の背中にぽんと軽く叩くと太陽のような明るい笑顔を向けた。



★ ★ ★



(紬/イトア視点)


 そして数日が経過し。


「イトアちゃん、タイムタイム~私達の魔力が枯渇こかつしちゃった」


 ぜえぜえと息を吐き正気を取り戻した私は小さくうなずいた。私は依然自分の力を制御することが出来ず。いつも正気に戻ると二人がちゃんと生存しているのか、怪我を負っていないかひやひやしながら確認した。


 でもそこはさすが魔法のスペシャリスト。


 息を切らし汗を流しながらも特に目立った傷はなく私は毎回ほっと安堵あんどする。私も戦闘中は、その光景を見ているのだけれど勝手に身体が動く感じで私の意思を聞いてくれない。そして認めたくない破滅衝動はめつしょうどうにかられるのだ。


 頭の中にいる『わたし』は、私が見ないふりをしていた嫌な回想を呼び起こし私を攪拌かくはんしていった。私をまどわし、苦しませ、心を弱らせ、主導権を譲ろうとはしなかった。


 私達は休憩を取る為、ルノンさんの家に一旦戻りテーブルに着く。私の隣にはフルーヴ、対面にルノンさんが座っている。暖かい紅茶とルノンさんお手製のお菓子を出してくれた。


 ルノンさんとフルーヴはその紅茶を飲みながら難しい顔で私の攻撃に対して作戦会議をしている。厳密には何故かルノンさんが心なしか、にやけているようにも見えた。


 私はというと、折角出してもらった紅茶に一切手を触れることなく。というか飲む気になれず、うつむいたまま。



 ……打ち勝てない。



 あせりと自分の不甲斐ふがいなさに肩を落とし落ち込んでいた。固く誓いを立てた彫像ちょうぞうが今にも崩れてしまいそうだ。まぶたを閉じ悔し涙が出そうなのを必死でこらえた。


 そんな私の様子に気が付いたルノンさんがさとすように話しかけてきてくれた。


「イトアちゃん、そんな深く考えないことよ。フルーヴなんてひと山吹っ飛ばしたんだから」

「……え」

「先生……それ言わない約束」


 フルーヴが頬を赤らめ、むくれる。私は呆気あっけにとられ言葉を失ってしまう。


「ははは。ごめんごめん」


 ルノンさんは笑いすぎて涙をぬぐっていた。ここにいて分かったことはフルーヴが想像以上に感情豊かだということ。


 もちろん、気心きごころが知れたルノンさんの前だからということもあると思う。笑ったり、怒ったり、今まで見たことのない一面が一つ一つ増えていく。


 様々な魔法を教えてもらってそれなりに時間を一緒に過ごしてきたはずなのに気が付かなった。無表情に見えていたのはフードから見えなかっただけでフルーヴは感情をすぐ顔に出す人柄だった。


 そんな彼に対して私は可愛らしいなと思っている。彼の少年らしさを感じることができた。そんな思いにふけっているとルノンさんが話を続けた。


(続く)

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