第04話】-(失望と絶望の先

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

ルノン・女性〉フルーヴの魔法の師匠

その他ギルメン〉フルーヴ、奏多(カナタ)

──────────


(紬/イトア視点 続き)


「フルーヴの事は知っていると思うけど私もリミット解除できるの」

「え⁉」


 優しく笑うルノンさん。そして私に尋ねてくる。


「あれは破滅衝動はめつしょうどうが強いから。そうだなあ。例えばイトアちゃんは誰か守りたい人はいないの?」

「それは……」


 そして私の手に自分の手を重ねてきてくれた。


「あれに勝つには愛情と心の強さよ」

「……うん……先生の言う通り」


 フルーヴも私の手に重ねたルノンさんの手の上に自分の手を重ねる。眉を下げ微笑みかけてくれている。こんな顔で笑うんだ……。始めて見るフルーヴの優しい瞳に私は目が離せなかった。


 共に頑張ろう、とその体温越しに二人は私の背中を押してくれる。私は二人の顔を交互に見て溢れそうになっていた悔し涙をごしごしともう片方の腕でこすった。


 ルノンさんがさらに言葉をつらねる。


「守りたいものを壊してもいいの?」


 私はぐっと唇を噛みしめ、ゆっくりと自分に言い聞かすように。

「それは絶対に嫌です」


 するとルノンさんは、目を細め優しい表情で私を包み込むように答えてくれた。


「認めるのよ。もう一人の自分を。あれも自分の一部だって」

「……一部」

「そっ。逆に話しかけてみたら?」




──現実世界


「紬?」


 声がする方へ振り返ると奏多が私の教室の戸の前に立っていた。何日経ってもギルドに戻ってこない私を案じているようだ。彼はこちらにくるようにと笑顔で手招きをした。


 これは揺由に教えて貰ったのだけれど、奏多はその容姿から密かに女子から注目を浴びている一人らしい。そんな彼が私に向かって手を振っている訳で。クラスメートからの視線が一気に私に集まる。


 私はその視線にとてもじゃないけれど耐え切れずその手を降ろすように手振り素振りを向ける。そんな事を余所よそに奏多はわざとかと思うくらいの爽やかな笑顔を向けてくる。


 私は席をバッと立ち上がると、揺由の食いるような視線をひしひしと感じながら。女子生徒からの射すような視線をひしひしと感じながら。足早あしばやに奏多の元に行くと逃げるように奏多を廊下に押し出す。


 そして人けのない窓際で立ち話を始めた。なんだか無駄な汗をかいてしまった。はぁと腕で汗をぬぐう。そんな私の気苦労きぐろうも知らず奏多は話を切り出してきた。


「あれから、どうですか?」

「うーん。ぼちぼち、かなぁ……」


 頬をき、私はさっきぬぐったばかりなのにまた汗を流し始め奏多から視線を外す。


「そうですか……うまくいってないんですね」


 奏多は口元に手を添え深刻な表情を浮かべた。私の瞬きは止まり、顔がさーっと青ざめる。はぐらかしたつもりだったのに、完全に私の心を見透かされている。奏多にはつくろったとしてもすぐにバレてしまう。私は窓の外に視線を移しうつむき気味に。


「うん。自分に主導権が握れなくて、いつも暴走しちゃうの」

「大丈夫……ですか?」


 心配そうな表情を浮かべる奏多の顔が横目からでも分かった。


「フルーヴと先生のルノンさんが強いからいいものの。私ってそんな酷い人間なのかな……なんてね」


 私は自虐じぎゃくまじえ苦笑いを浮かべる。けれど奏多は笑い返してはくれなかった。横目から見えるその真剣な眼差しに私は根負こんまけして正直に思いのたけを告げた。


「戦うことに、破壊していく事にどこかで喜びを感じてしまう……自分が怖いよ」

「紬、僕との約束を覚えていますか?」


 不意に奏多が私に尋ねてくる。それは、私の部屋で交わした約束。


「うん。ダメだったら二人で旅に出るって約束だよね?」

「はい。紬はエテルにもきちんと謝罪しました。こうして自分の力とも向かい合っています」


 彼は、私の腕のそでをそっと握り。


「力にあらがうことが難しいのであれば、無理にしなくても。その時は僕が……」


 その言葉に私の呼吸が止まる。甘えてしまいたい気持ちが私の心を揺さぶってくる。でも……。私は奏多の方に体を向けると依然視線を横に流しながら。


「ありがとう。でも、このままおびえて生きていくのが嫌なの」


 そして奏多の青藍せいらんの瞳に向かって、瞳に力を込めて。



「私はあの力を大切な人を守る力に変えたいの」



 奏多の目が大きく開き一瞬の潤いを浴びた。そして彼は一瞬視線を落として一呼吸する。最後に優しく目を細め今度は私の瞳に語り返してくれた。


「待っていますね。帰ってくるのを」




──異世界


 ─なんでそんなに人を傷つけようとするの?

『お前もりないな。それはお前がそう願うからだ』


 私はルノンさんのアドバイスもあってリミット解除中、あれからもう一人の『わたし』と対話を繰り返すようになっていた。


『お前は人に失望したのではないか? だから自分以外の人をこばむのではないか?』

 ─それは……。


『こんな自分にしたのは誰だといつも問うている。悔しかったのだろう? 悲しかったのだろう? 憎しみさえ抱いている。私の言っている事は間違っているか?』


 ─違う。

『違わない』

 ─違う。

『違わない』

 ─違う。

『違わない』

 ……違う。


『自分に正直に生きてはどうだ?』

 ─そう……かもしれない。


『だから私がお前が失望した世界を代わりに壊してやっているだけだ。お前だってすっきりしているだろう? お前の気持ちがそうさせる限り私を支配することなど到底無理だ』


 ……悔しい。私は唇を噛む。


 また今日も『わたし』に負けてしまうのだろうか。その時私の頭の中にルノンさんの言葉が蘇る。これに打ち勝つには愛情と心の強さ。そして守りたいものを壊していいのか、と。私にまた問いかけてくる。


 そしてみんなの顔が浮かんだ。ユラの、エテルの、トゥエルの、カナタの、フルーヴの、ルノンさんの。そしてフルミネさんの。私はきっとフルーヴとルノンさんにかざしているだろう右手を反対の手でおさえ込んだ。


『何をしている?』

 ─そんな事、分かってる。


 私は眉を下げ悲しくむなしく笑った。私は私の身体をぎゅっと包み拘束する。自分で自分を抱きしめる。


 ─でも私にも守りたいものができたの……。

『……ほお。その者たちがいつ裏切るかなど分からないのだぞ。それでもその気持ちを突き通す覚悟はできているのか? お前はそこまで強いのか?』


 私はしばうつむく。


 正直に言うなら躊躇ちゅうちょしている自分がいる。だけど、そんな事を言っていたら私はまた振り出しに戻るだけ。私はそんなに弱い生き物なのだろうか。


 自分を信じろ。


(続く)

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