第02話】-(雨の森に佇む黒髪の少女

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

エテル・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

その他ギルメン〉ユラ、フルーヴ、トゥエル

──────────


 もう、二人に向かって堂々と「ゲス」扱いしているトゥエルに私は空笑いを浮かべた。あの吸血鬼ヴァンパイアの一件以降、トゥエルはカナタに特に手厳しい。


 抑々そもそも、トゥエルはエテルには好意を持っていたはずなんだけれど。女性の心は変わりやすいという言葉があるようにトゥエルも心変わりしてしまったのだろうか。そんなやり取りを見ていたユラがあきれた様子でポツリと零す。


「お前ら、行く前にめるなよ」


 こうして私は人食らいグールの討伐に参加することとなった。



 ──討伐当日。



 その場所は通称「雨の森」と呼ばれている場所だった。というのも年中雨が降っているらしく私たちは雨具を準備して出発する。街から西部に位置し山を越した先にあるとのこと。途中まで馬車で進むことになった。


 フルーヴの転送魔法で行けるのでは、と私は思ったのだけれどあの魔法は転送できる範囲があるとフルーヴに教えてもらった。


 馬車の中、各々おのおの自由に時間を過ごしていた。トゥエルは持参していた本を読み。ユラは、「力の温存」という大義名分たいぎめいぶんで豪快に寝ていた。ユラらしい行動に私は苦笑いを浮かべる。


 そしてエテルはというと、ずっと馬車の窓から外の景色を眺めていた。こんなにも無言のエテルの姿を私は見たことがなかった。


 エテル自身が持ってきた討伐依頼の時から私は何か違和感を覚えていた。この討伐には何かエテルにとって特別な意味が込められているのかもしれない、と。


 私はフルーヴと魔法について話していた。


「イトア、これは不思議……なんだけど、イトアの魔力……どんどん強くなってる……気がする」

「えっつ⁉」


「強い力……暴走する人……沢山みてきたから……自我を忘れないで」

「……はい」


 私の魔力が強くなっている……⁉私はフルーヴからのこの言葉に驚愕きょうがくし、そして思い当たるふしがあった。確かに前回の吸血鬼ヴァンパイア討伐の時も一時的に魔力を増幅してもらったとはいえ、強い魔法を具現化することができた。


 あの時は嬉しさの方が勝って特に考えていなかったけれど、冷静に考えると討伐を重ねるごとに私の中で何かが変わってきている。


 それに……、吸血鬼ヴァンパイアに魔法を放つとき何故か私は笑みを零した。あの時自分が優位にあると、優越感ゆうえつかんに満ちていた。誰にも言えない。あれが力におぼれるということなのかもしれない。私はそれ以上何も答えられず押し黙ることしか出来なかった。


 そんなことを考えていると、外の景色が変わってきた。出発の時は晴れ渡っていた空が段々と曇り、ポツリポツリと雨が零れ始める。


 街からもだいぶ離れ、早朝から出発した私達は夕方近くになった頃、馬車を止め必要最低限の荷物を持ちそこから徒歩で向かう。


 もう雨の森が近くまで来ている。


─────


「ここが雨の森だよ」


 先頭を歩いていたエテルが雨雲あまぐもを見上げながら告げた。その場所は私の想像とは違い、緑が溢れ花々がほころんでいた。もっとすさんだ森をイメージしていたのだけれど、その幻想的な情景に息を呑んだ。


 本当にこんなところに人食らいグールが身をひそめているのだろうか。小ぶりの雨の中私たちは雨着を羽織り頭には深いフードを被っている。むせかえる温度差で霧が立ち込め視界をさえぎる。異常な程の湿度で髪が肌に張り付く。


 戦う前から体中汗だらけだ。


「これでは折角のお化粧が崩れてしまいますわ」

「あ~あちぃ」


 トゥエルはフードを手で思いきり伸ばし顔に雨が当たらないように防いでいる。ユラは胸元の服の端を摘み空気を入れ替えながら愚痴を零す。フルーヴはいつものように無言でうつむいたまま。というか二重のフードでとても暑そうに見える。


 私はいつものように初めて対峙する魔物の妄想を膨らませおののいていた。それにしてもこの森はおそらく長い間、人の出入りがなかったのではないかと思った。辺り一面雑草が私の腰辺りまで長く伸び行く手をはばむ。


 そんな道なき道をエテルはどんどん先に進んでいく。まるで道筋を知っているかのようだった。


 私達が足元をおぼつかせ悪戦苦闘して進んでいる中、エテルがピタリと足を止めた。私は足元ばかり見ていたので前方にいたユラの背中に豪快にぶつかる。


「わわ、ごめんっ」


「……」

 顔を上げるとみんなの空気が変わっていた。


 後方にいた私はユラの背中から顔だけひょいと出し視認しにんする。エテルの視線の先に誰かいる。人? しかも女性に見える。長髪の黒髪に黒いローブ姿。


 雨に打たれながらその少女らしき人物は静かにたたずんでいた。まるで私達が来ることを待っていたかのように。


 エテルがゆっくりとその少女の元に歩み寄る。私たちもエテルに続いた。その少女の顔がはっきりと見えてきた。色白の肌に漆黒の長髪。百合ゆりのように凛としていてそれでいて他の色を知らない無垢さを感じた。


 見た目は私達と歳が変わらないと思わせる相貌そうぼう。私はその美しい顔に目を見張った。でもその灰色の瞳はどこかうつろで私たちを通り越した先を見ている。それにしてもこんな森に一人でいるなんて、まるで……。口を開いたのは彼女からの方で。


「エテルネル・ロイ、お久しぶりね」

「フルミネだね。君はあの頃と変わらないね」


 会話を交わす二人。


 トゥエルが一瞬、戸惑とまどいの表情を浮かべ声を漏らした。

「……ロイ、ですって⁉」


 私は素朴な疑問を問いかけた。


「あの……二人は知り合いなんですか?」

「うん。僕が子供の頃、お世話になった人だよ」


 エテルの言葉が詰まる。そして──。


「君が人食らいグールなんだろう? フルミネ」


「「「「──⁉」」」」


 私たちは目を見開いた。こんな儚げな少女が人食らいグール⁉ すると彼女は顔を下げ黒髪を垂らす。


「もしかしたらあなたが来るんじゃないかって思っていたわ。ねぇ、エテルは……私を殺しにきたの?」


 そっとささやくように依然、うつむいたままのフルミネと名乗る少女はエテルに問う。


「…………」


 エテルはぐっと口をつぐみ何も答えない。そして、彼女は肩を震わせる。クククと笑いだす。そして顔を上げ。


「お前らが憎いっ‼ 人が憎いっ‼ あいつが私をこうさせたんだっつ‼」


 眉を吊り上げ、見開いた灰色の瞳から怪しげな光を宿やどらせ、口をゆがませ、大声でののしる。そこにはさっきまでたたずんでいた少女の姿はなかった。


「何があったんだっ⁉ フルミネッ‼」


 今度はエテルがなげくように声を張り問いただす。でもエテルの声は彼女には届いていないようで。少女は独り言のように言葉をつらねる。


「……だから殺した。ククク……骨の一本も残らず食ってやったっ‼」

「あはははははははははははははははははははははははははははっ‼」


 ひたいに手をあて空をあおいで高笑いをする。森の静寂をき消しその少女の声が反響していった。私はその変貌ぶりに目は見開いたまま、再確認した。この少女が人食らいグールなんだ、倒すべき相手なんだ、と。


 彼女に「不気味ぶきみ」という言葉が当てはまった。


(続く)

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