第02話】真紅の瞳[吸血鬼討伐編]

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ、エテル〉主人公に想いを寄せるギルメン

その他ギルメン〉トゥエル、カルド(ギルマス)

──────────


 今日も討伐の依頼がやってきた。


 私を含むギルドメンバー達は宿舎の一階にある談話室に集められた。宿舎のロビーの隣にさほど広くはないけれど十数人は入れる程の談話室が用意されていた。


 宿泊している人なら自由に使用していい場所。部屋には、小さな暖炉があり、その周りには西洋柄のソファーが所狭しと並べられている。


─────


 集まったギルドメンバー達はソファーに座ったり、近くで立っている人達もいる。そこへカルドから説明を受ける。でも今回の依頼は特殊だった。



「今回の討伐は、仕留しとめなくてもいい。というか不死身ふじみなので仕留しとめられない」


「それってどういう意味ですか?」



 カルドの説明に透かさずカナタが異議いぎを唱える。



「相手は吸血鬼ヴァンパイアなんだ。心臓に鉄のくいを打って動きを封じ込めてほしい。まあ、それで数百年はもつだろう。そういう依頼なんだ」


吸血鬼ヴァンパイア……」



 私は思わず身震いをした。ドラゴンに続いて今度は吸血鬼ヴァンパイアとは……この世界にはありとあらゆる魔物が存在しているんじゃないかと思った。



「そこで問題なんだが、その吸血鬼は街から幼女や少女をさらっては自分の生命いのちみなもととしているようなんだ。討伐と共にその少女達も救出してほしい。その為、今回の討伐メンバーは男性のみとする」


「あら、では今回は私の出番は無いようですわね。こんなうら若き女性には無理ですわ」



 ソファーに座って説明を聞いていたトゥエルが頬に手をあて「あら残念」という表情を浮かべている。



「トゥエルは大丈夫ですよ」



 トゥエルが話し終わる前に彼女の対面に座っていたカナタが満面の笑みを浮かべ全力でその言葉を否定した。



「何をおっしゃっているのかしら?」

「トゥエルは大丈夫です」



 カナタの満面の笑みが崩れることはない。同じ言葉を繰り返す。



「何を……」

「大丈夫です」



 勘が鋭いカナタのことだからトゥエルの秘密に勘づいている。私は苦笑いを浮かべた。二人が問答もんどうをしている余所よそにカルドは話を進める。



「ということで今回のメンバーは、俺とエテル、カナタで向かうことにする」


「カルドは人使いが荒いなあ。昨日討伐に行ってきたばかりだよ? 僕はイトアとデートにでも行こうかと思っていたのに」



 トゥエルの隣に座っているエテルは両手を頭の後ろに回し深くソファーにもたれかかる。眉を下げ横目で私に視線を送ってくる。私はみんなの前で言われたことに恥じらい思わず視線を下げて逃げた。



「あはは。エテル、イトアの意見も尊重しないといけませんよ」



 トゥエルとの問答もんどうが終わったカナタが今度はエテルに遠回しな皮肉で応戦おうせんしてくる。私をかばってくれているのか、ライバル心なのか……。カナタがどんどんたくましくなってきている。私は二人の視線からひたすら逃げた。



「まーた、始まったよ。お前ら、飽きないな」

 それを聞いていたユラがあきれてぼやく。



 他のギルドメンバー達もこの光景に慣れたのか誰も気にする素振そぶりもなく、カルドから他の討伐依頼の説明を受けている。


 それでも私達の論争ろんそうに収集はつかず、トゥエルが火に油を注ぐ一言を放った。



「あら、じゃあ、イトア、ここはで気分転換に私の買い物に付き合ってもらえるかしら」



 顔を引きつらせたカナタとエテルの視線が一斉にトゥエルに向けられた気がした。多分「女同士」という言葉に反応しているのだろう。


 私はさらにトゥエルからの視線からも逃げて蚊帳かやの外を演じた。この三人の関係性が最近私の中で分からなくなってきている。なんだかなあ。



「そうですね……行きます」

 私はひかえめな声色でトゥエルからのお誘いを快諾かいだくした。


─────


 とは言え、私はこの世界に来てから魔法の練習をしたり試験勉強に追われたり、また宿舎には食堂もあるし生活するには事足ことたりていたので街をゆっくりと周ったことが無かった。なので密かに心をはずませていたのだ。


 初めて街を訪れて以来だなあと感慨深かんがいぶかい気持ちだった。なにより誰かとショッピングだなんて、現実世界でもひさしくしていない。


 そして討伐当日──。


 カルドを含む三人を見送った後、私は早速トゥエルと出かけることに。


 今日のトゥエルはいつも宿舎で見る服装とは違い、髪色と合わせたかのようなピンクを基調としたドレスにつばの広いドレスハットを斜めに被り気合満々きあいまんまんの様子だった。本当にどこかのお嬢様のような華やかさ、可憐さをまとっている。


 まあ、私はというといつもの恰好かっこうなのだけれど。トゥエルが「あなた、そんな恰好かっこうでいくの?」とドレスを貸してくれようとしてくれたけれど丁重ていちょうにお断りした。


 そしてまず私達が向かったのはトゥエルが行きつけだという女性専門の仕立て屋さん。そこにはトゥエルが好みそうなフリフリでリボンを沢山あしらった洋服たちが展示されてあった。


 色鮮やかな反物たんものが所狭しと並べられ、採寸用のメジャーを首にかけ髭を伸ばし、いかにも「熟練」という言葉がぴったりと当てはまりそうな年配の男性が笑顔で迎えてくれた。



「イトア、ここは私の御用達ごようたしのお店なのよ。そうねぇ……イトアにはこれなんかどうかしら?」

「(うわー)え……えっと」



 もの凄くトゥエルが好みそうなフリフリの服を勧められ私は視線を外しながら冷や汗を流す。そのドレスは胸の谷間を強調するようなデザインになっていてその部分が非常に気になった。



「えっと……ちょっとサイズが合わないかも⁉……しれません」

 にこりと笑いながら私に勧めてくるトゥエルに無理やり断る理由を探した。


「あら、心配ないわ。イトアのサイズはこの間、採寸さいすんしているし、それにあなたが眠っている間、誰がお世話をしたと思っているのかしら。全て知っているわ」



 全てを知っている……。

 その一言が重石じゅうせきのように私を潰す。

 介抱してくれた事にはとても感謝している。

 けれども。


 ということは色々見られたってことだよね。

 抑々そもそも乙女おとめだといってもトゥエルは男性なわけで。

 私はポッと頬が赤くなった。


 私が赤面している間に勝手にトゥエルは私用のフリフリも購入してお店を後にした。


─────



「次は紅茶の茶葉を買いにいきますわよ」

「あっ、はいっ」



 私と使い魔の執事はトゥエルが大量に購入したドレス箱を前が見えなくなるくらい抱えていた。「おっと」と落としそうになりながら私は返事を返す。


 その茶葉のお店は街の繁華街から少し離れた場所に建っていた。看板もなく一見、外観からではとてもお店とは思わないような木造作りの建物。


 中に入ってみると店内中、いやカウンターの後ろにまで並べられた何百と思われる様々な種類の茶葉が入った木箱が用意されていた。また恐らく試飲ができるようにと用意されたであろう高級そうなテーブルとイスもある。



「今日はどれにしようかしら。イトアは何かリクエストはあるかしら?」



 私が店内の光景に圧倒されているのを余所よそにトゥエルは気になる茶葉を見つけてはふたを開け手であおぎ香りを確かめていた。


 私は正直そこまで紅茶に詳しくない。それでも折角トゥエルが私に聞いてくれている。私は浅い記憶を辿り曖昧あいまいかつ抽象的ちゅうしょうてきな表現の返事を返した。



「えっと~、この間頂いた名前忘れましたけど、甘い香りのした紅茶が好みでした」


「ああ、ダージリンのことね。あれは希少なものなの。なかなかイトアもセンスがあるわね。それでは、セカンドフラッシュ辺りにしようかしら。他にも何かおすすめの茶葉はありますの?」



 私にはわからない単語を並べトゥエルが店主に相談している。なんだかんだ言って、私の好みを選んでくれるトゥエルに顔がほころんだ。


(続く)

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