11 死神の双子 [全15話]

第01話】死神の双子[二角獣討伐編]

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

その他ギルメン〉トゥエル、ユラ

──────────


 ──月明かりの下。


 とある屋敷の中では長卓の左右の端に腰を掛け食事をする二人の影。テーブルの中央に置かれた灯燭台とうしょくだいと大きな窓から注ぐ月明りだけが部屋をともしていた。薄暗い中でお互いの顔を確認することすら出来ない。


「もうすぐ月が満ちるね」

「……ああ」

「お兄ちゃん、今度の狩りはなんだか楽しくなる予感がするの」


 頬杖を突きながらその少女は口角を緩めた。丈の短いスカートから惜しげもなくその美脚を見せつけ足を組む。


「お前は、いつもはしゃぎすぎだ」


 お兄ちゃんと呼ばれた少年は冷たく素っ気なくその少女に相槌あいづちを打った。そのすべるような美しい指先でナイフとフォークを持ち料理を口に運ぶ。


「えへへ~」


 今度は両の手で頬杖をつき子供がはしゃぐように足をばたつかせる少女。


「食事中だ。いい加減黙れ」

「はぁい」


 一喝いっかつされ少女は肩をすくめると食事を始める。


 表面だけ軽く焼き目の入った赤くしたたる肉を一口大に切り分けると口に運んでいく。広すぎるその部屋には二人だけしかいなかった。金属がこすれあう音だけが響く。そして二人は静かにニヤリと口角を上げた。


─────


「毎回思いますけど、ユラは秒で寝ますよね。もはや感心しますよ」

「あはは……」


 口からキラリと光るものを垂らし気持ちよく眠っているユラの寝顔。それを見ている私とカナタは苦笑いを浮かべていた。


「全く……緊張感が薄れますわ。こういうのを図太いというのかしら」


 本に視線を向けたまま、そこへトゥエルも加わる。今、私とカナタ、ユラ、トゥエルの四人は次の討伐場所まで馬車に乗り移動している最中だった。


「図太い所ならトゥエルだって負けていませんよ」

「まあ、カナタの目は節穴ふしあなかしら?」

「あはは……」


 もう見慣れてしまったけれど、こうやって何かと張り合いの種を見つけては牽制けんせいしあう二人に私はまたしても苦笑いで受け止める。トゥエルには男性の心も持ち合わせているわけで、カナタの言葉のナイフに動じることはなかった。


 でも今日のカナタは強気だった。


「ところでトゥエル、今日のメンバーならその恰好じゃなくてもいいんじゃないですか?」


 さらに食い込んだところまで攻めてくるカナタに「なんてことを言い出すんだ⁉」と私は隣に座っているカナタの方に振り向く。でもそんな言葉にも顔色一つ変えずにトゥエルは涼しく答える。


「これは他所よそ行き用の姿ですわ。あら、遠回しな皮肉より、はっきりと言ったらどうかしら。嫉妬しているって。大人げないこと」

「何のことでしょうか? イトア、何かトゥエルに言いましたか?」


「へ?」


 カナタが満面の笑みで私の瞳を見つめてくる。私は訳がわからず間抜けな返事を返しながら考えた。嫉妬……カナタに何か言った覚えはないけれど、次の瞬間ハッと目が見開き私は顔を青く染めた。


 トゥエルは、自分と私が仲良くしていることにカナタが焼もちを妬いていることに気が付いているのだ、と。そして私もこの小競こぜり合いに途中参加させられる。


「ふふ。そんなの聞かなくても顔に出ていますわよ。わたくしの部屋まで押し掛けてきておいて。ねぇ、イ・ト・ア」


 私の対面に座っていたトゥエルは強引に私の隣に座り込み。私の腕を組み、私越しからカナタに向けて不敵な笑みを浮かべた。


「イトア……何ともないんですか⁉」


 これが男性であれば間違いなく私は赤面していたと思う。それが平気な顔できょとんとしている私の様子を見てカナタが驚愕きょうがくの表情をあらわにする。


「え? だって今のトゥエルは女性だし」

「うぐぐ……」

 カナタがうなっている。


 頭ではトゥエルが男性だということは分かっている。でも女性の時のトゥエルはこんな言い方は変かもしれないけれど、本当に女性の雰囲気で男気を微塵みじんも感じさせなかった。そこには可憐で楚々そそな少女が座っているだけなのだ。


 そこへ睡眠を邪魔されたユラが寝言を零した。


「ああ、うるせえ……」

 夢の中でも私たちの会話が届いていたのかもしれない。


─────


「それにしてもこの世界にも皆既月蝕かいきげっしょくがあるんですね」


 ユラの天からの一言で一旦会話は途切れ、今度はカナタが私にだけ聞こえるようにささやきかけてきた。


「そうみたいだね。私見たことないからちょっと楽しみ」

「イトアまで……何呑気な事言ってるんですか。僕達は討伐に向かっているんですよ?」


 カナタがトゥエルに見えないように口を隠すように手の平で壁を作り注意してくる。


「あはは。ごめんごめん」


 私は眉を下げ少しだけ笑うと馬車の窓に視線を移す。私達の次の任務はとある貴重な素材集めだった。それは、二角獣バイコーンの角の収集。二角獣バイコーンとはユニコーンの亜種あしゅらしく、ユニコーンに角が一つに対し、バイコーンにはそれが二つあると教えてもらった。


 数年に一度だけ訪れる月蝕げっしょくの時にだけ二角獣バイコーンは空から出現するという。その幻獣から角を持ち帰るという討伐内容だった。


「そういえば今回の討伐は他のギルドと協定を結んでいるんですよね?」

「ええ。現地で合流となっていますわ。貴重な素材ですから、取り合いになる前にカルドが早々そうそうに話をつけたようですわね」


 小競こぜり合いが終わり、再度本に視線を向けたトゥエルがカナタの質問に反応を示した。


「どんな人達かな⁉」

「聞くところによると二人だと聞いていますけど、それ以外は何も」

「六人がかりで一頭の討伐ですか……それだけ幻獣が獰猛どうもうってことですかね」


 カナタが思慮しりょするように口元に手を置いた。


「さあ。でも容易よういにこした事はないですわ。月蝕げっしょく中しか現れない貴重な幻獣ですもの。制限時間タイムリミットが決まっているのですから」


 トゥエルは読んでいた本をパタンと閉じると私達の方に視線を移した。


─────


 現地の近くに馬車を止めると私達はその場所へ徒歩で向かう。そこは山の中腹にある小花が咲き誇る花畑だった。思わず背中からパタンと飛び込みたくなるような程、小さな花達がかすかに風にふわふわと揺れていた。


 夜になると花をほころばせる月見草。その白い花びらは月明りに反射しさらに一面を明るく照らしていた。この場所でしか二角獣バイコーンは現れないという。


 空を見上げると丸い月に血のように赤くしたたる影が見え始めた。その様子を見ていたトゥエルが懐中時計を手に取り確認する。


「そろそろ月蝕げっしょくが始まりますわよ」


(続く)

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