第05話】-(たからもの

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ、エテル〉主人公に想いを寄せるギルメン

その他ギルメン〉ユラ、トゥエル、フルーヴ、他

──────────


(ユラ視点 続き)


「……お前らいい加減にしろ」


 静かに、そしてどすの効いた声が硬直こうちょくした空気を切り裂いた。その声の主はトゥエルだった。顔はうつむきその表情を読み取ることは出来ない。


 しかし、いつもの女の声ではない。男の声だ。


 その容姿は少女のはずなのに、そこには一人の少年がたたずんでいる錯覚が生まれる。その異様な光景に誰も笑う者などいない。むしろその気迫たるものに押し潰されそうだ。


「イトアは俺がつれていく。一秒でも早く時の間につれていってやりたい。お前らがここでわめいていては邪魔だ……どけ」


 そう告げるとパチンとトゥエルが指を鳴らす。



 ──『無詠唱』 (詠唱を省略化)



 無言の威圧。二人にその力の差をまざまざと見せつける。エテルとカナタを押し黙らせる。トゥエルの足元の真横に魔法陣が現れそこには。



 ──『白蘇鳥リザーレクト



 白く美しい大鳥が召喚された。神々しい程の純白の大翼だいよく尾羽おばね尾羽おばねは翼ほど長く孔雀くじゃくのような飾り羽根が幾重いくえにも重なっている。例えるならば竜と白鳥が合わさった姿形すがたかたちとも言えるかもしれない。


 トゥエルはユラに近づきイトアをそっと抱き上げる。それまで誰にも触れさせようとしなかったユラは素直に抱いていた手を緩めゆだねた。


 トゥエルはイトアをその大鳥の前に寝かせると彼女の身体は少しずつ浮き上がり宙を漂った。エテルやカナタを背にトゥエルはおもむろにローブをめくる。その壮絶な姿を目にしても顔色一つ変えない。


 そして大鳥の両翼りょうよくがイトアをやさしく包み込むように覆う。それはまるで誰にもイトアの姿が見えないように。


「……フルーヴ頼む」


 近くにいたフルーヴにトゥエルが指示を出す。フルーヴは静かにうなずくと無言で転送魔法を具現化した。トゥエルとイトアを包んだ大鳥は一瞬にして消えさった。


─────


 その後、残っている討伐メンバー全員を集め宿舎に帰還した。治癒者ヒーラー達が本格的に負傷者の怪我の治癒を始める。


「城に報告してくる。後、イトアの様子もみてくるから……」


 カルドは苦悶くもんの表情でユラに告げると足早に出ていった。



 ──半日が過ぎた頃イトアが帰ってきた。



 トゥエルは、白蘇鳥リザーレクトの中にくるまれたイトアを担ぎユラと共に部屋に連れていく。


「ここでイトアの目が覚めるまでわたくしがお世話しますから、ユラ、よろしく」


 優しい手つきでイトアをベッドに寝かせると先刻せんこくの少年ではなく、いつもの少女の声色のトゥエルが当然のことかのように申し出た。


 あの時、トゥエルの言動を周辺にいたメンバー全員が見ていたわけだが、後に「あれは悪魔か何かを自分に憑依ひょういさせて話させていたに違いない」という憶測になっている。


 イトアとユラを除いて誰もトゥエルが男だとまだ知らない。ベッドに寝かしたイトアを見るとまだまだその体の損傷そんしょうは大きいものであった。ユラはその姿を見て涙が、やり切れない悔しさが込み上げてきた。


 トゥエルはイトアが寝ているそばにある椅子に座り、彼女の髪を優しくでる。


 そして突然立ち上がり。


「イトアの報告もあるのでみなさんが集まっている談話室に行ってまいりますわ」

 と、視線をイトアに向けたまま告げる。そしてユラも着いていくことにした。


 談話室には着くと傷の手当をしている多くのギルドメンバー達の姿があった。トゥエルがおもむろに口を開く。


「イトアをつれて帰ってまいりましたわ。もう大丈夫ですが……まだ傷が癒えるには時間がかかります。ですからイトアのお世話はわたくしがしますわ。彼女が目を覚ますまで同室のユラ以外のお見舞いはご遠慮えんりょいただけるかしら」


 そして続けざまに。


「特にエテル様とカナタ、貴方達二人には絶対に部屋に入れさせませんことよ」


 トゥエルはにこりと愛らしい笑顔を向けあの時と同じように無言の圧をかける。


乙女おとめの寝込みを襲われたりして、イトアを傷ものにさせるわけにはいけませんもの。おほほほほ……(ゲス共め)」


 最後の一言は、本当にか細い声だったが、隣にいたユラにははっきりと聞こえた。ユラは横目でトゥエルに向かって一瞬顔をひきつらせた。


 そしてまたお人形のようなあいらしい笑顔とのこだけを置いてトゥエルはイトアがいる部屋へと戻っていく。名指しで忠告を受けたエテルとカナタは不服な表情を浮かべていた。


 いとおしい者を横取りされたという嫉妬、ぐに会いに行けないもどかしさ、自分には何も出来なかった虚しさ、ありありと見せつけられた力の差。


─────


 そしてトゥエルは、自分の簡単な身支度を整えるとイトア達の部屋に持ち込み、イトア、ユラ、トゥエルというおかしな同室生活が始まった。


「ベッド、貸してやろうか?」

「いえ、わたくしはこれで寝ますから」


 トゥエルはユラからの申し出を断る。荷物を見ると簡易かんいな毛布一枚だけを持ってきていた。まさか寝ないつもりなのでは、とユラは半信半疑はんしんはんぎとらえていたがその通りだった。


 トゥエルは片時かたときもイトアから離れることはなかった。イトアは戻ってきてから二日間熱が下がらなかった。トゥエルは熱を冷ます為、ひたいにあてていた水タオルを数時間おきに変え、まだふさがらない傷口からにじむ血をその都度きれいに拭き取り包帯を巻きなおす。


 いつも綺麗でいられるようにと毎日髪をとかし可愛かわいらしい髪型にってあげる。顔もやさしくき、服が汚れるとすぐに新しいものと取り替えた。



 ──それは本当に宝物を大事にするかのように献身的けんしんてき介抱かいほうしていた。



 そして毎夜トゥエルは同じ言葉を繰り返した。イトアの両手を握り。

「イトア、もう黒竜はいないわ。大丈夫。だから帰ってきてもいいのよ……」



 自分の身なりなど気にする素振りもなく。ただ瞳の先にあるイトアだけを見ていた。ユラは自分の分とトゥエルの分の食事を毎日部屋まで持っていき一緒に食べた。


 くるなとあれ程、念を押されたのにも関わらず、毎日エテルとカナタが交互に部屋にくる度。「ユラ、おっぱらってくださいませ」と、トゥエルはユラを用心棒扱いした。


 ……お前も男なんだけどな、とユラは心の中で思いながら。


 そして五日後、イトアは目を覚ました。


(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る