第02話】-(でも…

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ、エテル〉主人公に想いを寄せるギルメン

その他ギルメン〉ユラ、トゥエル、フルーヴ、他

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(客観的視点 続き)


 黒竜の前肢ぜんしがエテルに向かってぎ払いに来た。瞬時に察知したエテルは歯を食いしばり、その隙間から「ぐうっ」と声を漏らす。前肢ぜんし刀身とうしんで盾にするように両手でかかげ受け止める。その衝撃と圧で火花が飛び散った。


 驚くほどの腕力わんりょくにエテルの足が地に埋まる。想像以上の威力にエテルは両眼を見開きしのぐ。そこへ仲間が加戦しなんとか前肢ぜんしを跳ねのけることができた。


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 そして大きな黒竜の尾はカナタ目掛けて払い飛ばしにいく。土埃つちぼこりき散らしながら叩き潰そうとする。カナタは寸前のところで大きく横に飛び上がりその攻撃をかわす。ランサーの特性上カナタは尋常より大きく飛躍力が増していた。


─────


 壁のように頑強がんきょうな表皮がその剣の切っ先を、槍の穂先をこばみ、そう易々やすやすと通そうとはしなかった。その様をあざ笑うかのように黒竜が小さきを仕留めにかかる。


 鋭くとがった爪をたずさえた前肢ぜんしが横から頭上からとむしるように振り下ろしてくる。その一撃、一撃が俊敏しゅんびん屈強くっきょう


 一撃でもまともに食らおうものなら致命傷を受けかねない。しかし無常にもその攻撃を交わしきれなかった者達は身体をさらわれ最後にはボトボトと石ころのように転がっていった。


 さらにランダムに四方八方しほうはっぽうに暴れる大きな尾は地に亀裂が入る程の剛力ごうりき。その衝撃の風圧に視界を奪われた者が宙にぎ払われ吹っ飛んでいく。岩肌に激突する者もいた。


─────


 そして前衛が黒竜を引き付けている間に、中衛は攻撃と補助サポートに撤する。ユラは、前衛の仲間が攻撃を受ける間際に「防御壁プロテクション」を具現化し攻撃の衝撃を緩めた。素早さや飛力を増力する魔法を駆使し補助サポートをする。


 また傷を負った者には、すぐさま簡易治癒の魔法をかけ緑の球体がその身体全体を包み込んだ。大粒の汗をき散らしながらユラのその手が休まることはない。


─────


 そして、魔獣使いテイマーのトゥエルが次に召喚したのは『ゴーレム』。全身を岩でまとった人型のそれは、黒竜にも匹敵ひってきする程の大きさまでトゥエルが巨大化させていた。


「黒竜を倒しなさい。そして攻撃を阻止しなさい」


 黒竜に指を指し、片眉を吊り上げながら目を細め力強く命令を下す。命令のままにゴーレムは黒竜の攻撃が仲間に当たらないように妨害をし、隙を突いては攻撃に移行する。トゥエルは片手を頭上に上げそこからゴーレムに魔力を注ぎコントロールしているようだった。


「なかなか、魔力を吸いますわね」


 唇を噛みながらトゥエルが零す。それでも魔力のコントロールに集中した。


─────


 最後尾にいるフルーヴとイトア達は、隙なく次々と詠唱を重ねる。黒竜の頭に胴体に、足元に魔法を打ち当てる。イトアは初めて見る黒竜に圧倒されていた。魔法を放つ手が震えている。


「イトア……集中して」

 魔法を具現化しながら隣にいるフルーヴが喝を入れる。


「は……はいっ」


 イトアは額に汗を流しながら恐怖と戦っていた。これまでの討伐とは桁違いの相手。桁違いのリスク。こんな死闘に自分が出来る事はあるのだろうかと不安がよぎる。


 ありとあらゆる方向からの猛襲もうしゅうを受けようとも黒竜はビクともしなかった。鋭い爪をきちらし、尾を振り上げ叩きつけ、口からは黒炎を吐き出し全てを焼き尽くそうとしてくる。


 黒竜に大きな致命傷を与えることができずただただ時間だけが経過していった。長引けば長引くほどイトア達の体力が消耗しょうもうされていく。


─────


 しかし、その風向きを変えたのはフルーヴだった。フルーヴの長い詠唱が始まる。程なくして黒竜の足元に大きな魔法陣が出現したかと思うと。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼」


 地を這いずり回るような低いうなり音と共に大きな両開きの門が姿を現した。



 ──『地獄死楼ジェイル・ヘル



「あれが……最上級魔法⁉」


 イトアがつぶやく。その存在は知っていたものの見るのは初めてだった。彼女の両眼りょうがんが釘付けとなる。胸の奥まで響くその音はイトアの身体を突き破っていった。


 その門がゆっくりと地響きを立てながら開いた。扉の中は全ての光を飲み込む漆黒のまたその先。


 その中から無数の強剛きょうごうな鎖が蛇のような動きで飛び出してきた。鎖は黒竜の表皮に食い込み絡みつきその動きを拘束した。この隙に前衛の攻撃の威力が増す。


「うおおおおおおおおおっ‼」


 エテルのいさましい胸声きょうせいと共ににぶく不快な音を上げながら大剣が黒竜の腹に突き刺さった。そこから緑色の血しぶきがエテルの顔に飛び散る。その箇所が他に比べ柔らかいことに気が付いた一同は一点に攻撃が集中した。無数のやいばが腹を切り裂いていく。


─────


 黒竜はこの世のものとは思えないうめき声で暗雲あんうんを揺らす。それは黒竜から距離を取って戦っている後衛の元まで響きイトアは耳をふさいだ。エテル達が黒竜に痛撃つうげきを加える一方で、今度はカナタが「ここだ」と狙いを定める。


 ドラゴンの片目、目掛けて音速よりも早い勢いで思い切り槍を投げつけた。グシュッと血しぶきが飛び散る音をあげ、あのさげすんだ目を仕留めた。片目を失い視界をさえぎられた黒竜は、天をあおぎ先ほどよりもさらに大きな咆哮ほうこうをあげた。


「……炎で焼き尽くすんだ」


 その様子を見ていたフルーヴがイトア達に命令を下す。魔法使いメイジ一同が一斉に詠唱を始め黒竜目掛けて解き放つ。



 ──『青極炎ウルテマ・ブレス



 決して途絶えることのない鉄紺てつこんの炎が黒竜の全身を覆い尽くした。



★ ★ ★



(紬/イトア視点)


 このまま焼き尽くしてしまえば……。

 私は一筋の光明こうみょう見出みいだしていた。



 ──ゾクリ。



 その時背後から戦慄せんりつが走った。


 これは……。


 恐怖と絶望。


 振り返るとそこには怪しく驕慢きょうまんな大きな両翼りょうよくを広げたもう一匹の黒竜の姿があった。今にもちりと化す同胞どうほうの姿にその目は殺意に満ち溢れ私たちを見下している。


 黒竜は、これから起こることをうすら笑いを浮かべながら私にささやいてきた。私の身体はあまりの恐怖でその姿から目をらす事が出来ず、指の先までピクリとも動かせなくなった。


「くそっ‼ もう一匹いやがるっつ‼」


 顔をゆがめユラの叫声きょうせいが響き渡る。最後尾はがら空きだった。後衛の私達にとってこの至近距離での戦闘はが悪い。急いでこちらに疾走しっそうしてくる前衛達の姿が見えた。急速に冷や汗が流れてくる。



「逃げろおおおおおっっ‼」



 仲間のその声も虚しく黒竜は私達に隙を与えない。大きな翼をひときした。


 すると周囲全てのものを巻き上げる程の大きな灰色の竜巻が出現した。動かなかった私の身体が逃げろと悲鳴を上げている。私はその強風からまともに目も開けられない。ふと横を見ると岩場を壁にしてしのいでいる者もいる。


 私は腕をかざし視界をなんとか確保し、もう片方の手で近くにあった大きな岩のくぼみを掴み必死に猛風もうふうに耐えうる。体が今にもちぎれそうだ。


 視界の中でその竜巻に飲まれた仲間の姿が見えた。上へ上へと。そのまま落ちると死が待ち受けるまでの高さにまで到達していく。



 ──怖い。ただ純粋にこの言葉だけが頭の中をむしっていく。



 私はかざしていた方の手も岩をつかみ両手で血がにじむほどの力で必死にしがみついた。猛風もうふうで足が浮く。それでもこの手は絶対に離さない。


 やがて風が収まり地面に足が着き目を開けると、私の眼前がんぜんにはとぐろを巻いた黒炎が既に視界を覆っていた。


「──っつ⁉」


 全身が冷や汗だらけだ。間に合わないという絶望感から私の身体は諦めてしまった。一歩も足を進めることが出来ない。それでも咄嗟とっさに両腕を顔の前にかざし防御の体制をとる。


「…………」

 熱く……ない⁉


 腕を下ろすと、私の目の前には大きな影が立ちふさがっていた。それは犬のようにも見える。黒竜に向かい墨色すみいろの毛を逆立て闘乱とうらんしているもの。その頭は三つあった。



 ──『ケルベロス』



 トゥエルが召喚した魔獣だった。三つの口から黒竜と同じく黒炎を噴き出している。炎と炎がぶつかり合い相殺し私と周辺の仲間を守ってくれていた。


「助……かった」


 安堵あんどするのも束の間。


(続く)

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