おまけep2 -(続

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

その他ギルメン〉ユラ

──────────


 私のこめかみに汗が流れる。その刹那せつな──。


 上空から勢いよく一本の槍がウルフ目がけて飛んでくるのが視界に入った。私の側面から飛んできたその槍は、一直線に迷いなくウルフの心臓を貫いた。


「キャオンッ‼」


 致命傷を負ったウルフはか細い声をあげ横転しちりと化していった。私は内心ひやひやしていた。身体の力が一気に抜ける。腰が抜けたようにその場に座り込み胸に手を当て、はぁと安堵あんどする。


 そして槍が飛んできた方向に視線を向けると血相を変えたカナタが私の元へ走ってくる姿が見えた。あの槍はカナタが投げてくれたものだったのだ。


「カナタ!」


 思わず私はその名を叫んでいた。私の元まで走ってきたカナタは、両膝に手を置きぜぇぜぇと大きく息を吐く。


 そして透かさず彼は私の視線までひざまずくと。

 

 この後の彼の行動に私の目は見開いた。


────


 カナタは私の身体を自分の胸にぐいっと引き寄せぎゅっと抱きしめてきたのだ。

 背中にカナタの両手が回される。

 私の身体が少しのける程の力で抱きしめられる。

 私の視界はあっという間にさえぎられ。



 私……抱きしめられてる⁉ 

 何⁉ この感触。



 華奢きゃしゃだと思っていたカナタの身体は大きくて私の身体はすっぽりと収まった。


 私の両腕がおろおろと居所を探す。

 完全に密着した身体同士。

 カナタの大きく揺れる身体の呼吸が私にまで伝わってくる。


 荒い呼吸に合わせて私の身体も揺れる。

 彼の熱い身体の体温まで。


 私の顔がかーっと瞬時に熱くなる。


「え⁉ か……カナタ⁉」


─────


 息が整い喋れるようになったカナタは開口一番かいこういちばんに。


「こんな所でひとりで何してるんですかっ‼ 僕がやらなかったら、もう少しで相打ちになるところでしたよっ‼」


 いつもの優しい口調ではなく怒りの混じった厳しい響きで叱咤しったした。


 ……。

 どうしよう。


 とても「昼寝してこんなことになってしまった」とは口が裂けても言えない。私は赤面から一変して冷や汗を流す。あまりに申し訳なくてカナタの肩に顔をうずめてしまった。そしてポツリとか細い声で謝罪の言葉を述べる。


「……ごめんなさい」

「もう……、心配させないでください」


 私の呑気のんきで軽率な結末を彼は知らない。いや、絶対に知られてはならない。


「怪我はありませんでしたか?」


 私の耳元に吐息といきがかかる。私は頭を縦に振り。

「わ、わわ私は大丈夫⁉」


 言葉を詰まらせてしまう。カナタが別人に見えた。この間、手をつなぐのも躊躇ためらうと伝えたはずなのに。カナタのこの行動、無意識なのだろうか。


「本当によかった……」


 カナタの安堵あんどの入り混じった吐息といきが今度は首元にかかる。私はさらに変な汗が出てきた。カナタの顔が見えないのが幸いだった。


 きっと私の顔は真っ赤に染まっているはずだから。

 逆にカナタは今どんな表情をしているのだろうか。

 でも今の私には顔を上げる勇気などなく。


 私は後ろめたさと羞恥しゅうちと色んな気持ちが入り交じり……。

 カナタに思い切って懇願こんがんする。


「カナタ……ごめん。私、こんな風に抱きしめられるのなんて初めてで……どうしたらいいのか分からない……」


 私はうつむきカナタの胸元に両手を置いてとりあえず一歩後ろに下がり距離をおく。


「あっごめんなさい! イトア、恥ずかしがり屋さんでしたね……初めてなんですか?」

「……うん」


 恥ずかしがり屋さん……この表現、完全に子供扱いされていることに私は肩を落とす。まぁ、間違ってはいないけれど。それに、何故「初めて」と聞いてきたのか少し気になる。


「……可愛い」


「え?」

「いえっ、なんでもありませんっ」


 私には聞き取れなかったけれど、今度はカナタがあたふたしているように感じた。私はうつむいたままたどたどしく弁解べんかいする。


「本当に心配かけてごめんなさい。その……魔法の練習をしようと思って。フルーヴもいなかったからそのつい……ひとりで……」


「はぁ……」

 顔は見えないけれどカナタのあきれた顔が頭に浮かぶ。


「あんなに魔法の練習したのに……まだまだ一人ではダメだった。私って弱いね」


 悔しさと悲しさで苦笑しながら私が言うとカナタは涼しい顔というか声で。


「ええ、弱いですよ」

 と、即答された。


 うぐ……そこはちょっと、もう少し遠慮してもいいのでは。


「上達したいって気持ちは分かりますけど、こんな軽率な行動はダメです。次からは、僕を呼んでください。一緒にいきますから。いいですかっ?」


 カナタは子供をしかるようにさとしてくる。


「うん……」

「とにかく、無事でよかったです」


 そう告げうつむいた私の頭をぽんっと撫でた。

 ぽっと私の顔に火がつく。


 カナタは全く私の生態を理解していない。そういうのが私の心臓に悪いのだ。 私は恐る恐る顔をあげてカナタの顔を伺ってみた。カナタは眉を下げ困った表情を浮かべていた。私と瞳が重なると苦笑する。


「約束ですからね」

「う……うん」

「イトアの気持ちが分からないってわけではないんです。だから一緒に頑張りましょう?」


 私はハッと息を飲んだ。

 一緒に頑張る……。

 そっか……。自分だけ焦っていたんだ。


 私の行動が分かりやすいだけかもしれないけれど、カナタは、座学を教えてもらうようになってから困った時には自然とそばにいてくれてそっと手を差し伸べてくれている気がする。相手に寄り添ってくれる優しさを持っている事に気が付く。


 そんなカナタにこんなにも心配をかけてしまった訳で。でも矛盾しているかもしれないけれど同じくらい嬉しさが込み上げてくる。


 この気持ちを伝えずにはいられなかった。私はカナタの両手を自分からぎゅっと握ると胸元に当てて。恥ずかしさからまぶたをぎゅっと閉じ。


 そして想いを形にする。


「心配してここまで来てくれて……嬉しい。でも私、やっぱりもっと強くなりたいの。次からはカナタと一緒にいくっ……ね。だから……一緒だょ」


 最後の方は自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。そしてゆっくりと閉じていた瞳を開くとカナタの深い藍色あいいろの瞳の中に私の顔が映っている。


「……え」


 自分でカナタから一歩下がったはずなのに、私は一歩を通り過ぎ二歩進み、カナタの顔に大接近していた。膝を立て、ともすれば今にも口づけするようなこの距離感。私もこんな行動をしたことに驚いたけれどカナタも目を見開いて私を見ている。


「わわっ、ごごごめんっ⁉」


 私が慌てふためいて離れようとするとカナタは私の肩をつかみそれを制止した。「えっ」と思う間もなく今度は私の瞳にカナタの顔が映る程の距離に私達はいる。カナタは瞳を少し薄め、なまめかしい光を宿やどしてきた。


 その瞳に私は目がらせられない。私の瞳をとらえたカナタは、少し間を置いてそしてつむぐ。


「……イトア」

「…………は、はひ(ぃ)⁉」


「おーい、みつかったか~」


 ユラの間延びする声が聞こえてきた。私の瞳の呪縛が解かれる。私がユラの方に振り向くと彼女は私とカナタの姿を見て「(わりい)」というポーズをカナタに向けているように見えた。


「あの……カナタ……今、なんて言おうとしたの?」


 ユラの言葉で距離を離した私達。私は少し頬に熱を感じながらもカナタの方に振り返りぎこちなく尋ねた。何か大事なことを言おうとしていたように感じたから。


「……なんでもないです」


 カナタも私のように頬を少し赤く染めていた。でも、ばっと立ち上がり後ろを向きあっさりと引き下がられてしまった。


 やっぱり、今日のカナタは変だ。


 森を抜ける道中、ユラを先頭にカナタは黙ったまま片時も私の右手を離すことはなかった。しかもただ単に握っているのではない。恋人繋こいびとつなぎのように指を絡め決して離してくれない。


 彼は決して振り向かなかった。カナタの体温がじんじんと伝わってくる。私にそれを振り払う勇気もなく。これはまた改めて私が男性慣れしていないことをカナタに伝えなければいけない。


 私は赤面しながら終始、うつむいたまま帰った。


(おまけ2〈胸の中〉 終わり)

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