おまけep2〈胸の中〉

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

その他ギルメン〉トゥエル、エテル、フルーヴ

──────────


──現実世界


 ここ最近、私はまた学校をサボりがちになっていた。


 夜、異世界に行き現実世界に帰ってくると、その余韻よいんひたってしまい就寝する時間が遅くなって寝坊してしまう。異世界が魅力的すぎてまた堕落だらくへと落ちてしまいそうだった。


 それを見かねた揺由が心配して私の部屋に様子を見に来た。私はそれとなくゲームに夢中になって夜更かしをしてしまい寝坊してしまったと身振り手振りをしながらはぐらかす。


 それからというもの、揺由はほぼ毎朝、登校時間になると家まで迎えにくるようになった。


 私は首根っこをつかまれ強制的にずるずると学校につれて行かれる。そうしてまた、日中は学校、夜は異世界との両立の生活が再開された。



──異世界


 今日も異世界に降り立った私は、早速試験の座学の勉強をする為、中庭のいつもの場所に向かっていく。


 廊下にさしかかった時、対面から執事という名の使い魔を従えたトゥエルが歩いてくるのが見えた。歩く度にその長髪は揺れ、楚々そそを身にまとい、遠くからでもわかる甘い香気こうきを漂わせている。


 トゥエルとは、ギルドに加入した時に挨拶して以来一緒にパーティーを組むこともなかったので話すこともなかった。


 でもこの日は違った。


「イトア、ちょっとよろしいかしら」


 私の前で立ち止まると腕を組みトゥエルが私を呼び止める。私はトゥエルの雰囲気から何かとげとげしいものを感じた。


「はい、なんでしょうか?」


「最近、エテル様はあなたののおかげで、本来ならエテル様が行けるもっと高難易度の討伐に行けなくなっているの。ご存知?」


 おもり……。

 突然の一言に固まる私。

 悪意に満ちたトゥエルからの言葉。


 しかしトゥエルの言っていることは事実でもあった。確かにいつも討伐にはエテルがメンバーに入っていた。


「…………」


 私は返す言葉が見当たらずうつむき一点を見つめていた。反応のない私を見てトゥエルの片眉が吊り上がった気がした。そして攻撃は続く。


「あなたが来る前は、エテル様はわたくしといつも一緒のパーティーだったの。というか、わたくしのパートナーなのよ。そうして高難易度の討伐に行ってこのギルドを支えてきてるの。今後は少し控えてもらえないかしら」


 可憐な少女の口からとは到底思えない程の冷ややかな口調。包み隠すことも無くストレートに私に伝えてきた。確かにエテル程の魔力の持ち主なら高難易度の討伐に行っていてもおかしくない。


 そんな……。


「ちょっと‼ 聞いていますの⁉」


 心ここにらずの私に、トゥエルはムッとした表情で迫りくる。口調はどうであれ美少女の顔が近づきドキマギしながら。私は自分と彼女の顔の間を両手でさえぎり。


「あの……ごめんなさい。そんなこと全然知らなくて」

「は? 知らない? わざとかと思いましてよ。まあ、忠告はいたしましたから、今後は気を付けてくださるかしら」


 不敵ふてきな笑みを浮かべ自分の言いたい事が言えてスッキリしたのか、彼女は私の返答を聞く間もなくフンと顔をそむけ通り過ぎていった。


 私はトゥエルに圧倒されてその場に立ち尽くした。トゥエルに言われるまでそんなこと考えたこともなかったから。


 抑々そもそもギルドは、皆の討伐の報酬で生活が成り立っているわけで、その稼ぎがしらの一人であるエテルにそんな負担をかけさせてしまっていたなんて。


 一日でも早く一人前になってみんなの負担になりたくない。私は、座学の勉強をするのを辞めて魔法の練習をすることにした。


 でもさすがに一人は良くないと思いフルーヴを探す。──が討伐に出かけているようで留守だった。その通りだ。やはり強い魔力の持ち主達がこんな昼間からぼーっとしているわけがない。


 おそらくトゥエルもあの後、討伐に向かったに違いない。会話したことは今回で二回目だけど彼女の魔獣使いテイマーの実力はギルド内でも知れ渡っていた。


─────


 私は悩んだ挙句一人で城壁を越えた近くの森で魔法の練習をすることにした。


 そこは確か比較的弱い魔物の生息地と聞いていたから大丈夫だろう、と判断したのだ。とりあえず森の深い場所まで進まなければ一人でもなんとかなるんじゃないかと。


 どんな魔物がいるのかな、炎で焼き尽くせばいいのかな、なんて呑気のんきに考えながら。森の中をどんどん進んでいく。


 すると早速何かの物音が草むらから聞こえた。私は腰を落とし、そっと足音を忍ばせて、草むらの隙間からのぞく。そこには、ゲームの序盤によく出てくるようなスライム状の魔物が数匹。


(うわっ! 可愛い~~‼)


 ほころぶ顔を抑え「い、いけないっ‼ あれは魔物‼ 寝込みを襲うようで悪いけれどこれは魔法の練習なのだ‼」と自分に言い聞かす。


 そして、火の中級魔法の詠唱を始めた。詠唱が整うと早速そのスライム達に向けて手をかざし放つ。するといきなりの奇襲きしゅうで身動きが取れなかったスライム達は、いとも簡単に炎に覆われちりと化した。


(やった! 一人でもこのくらいならやれるんだ‼)


 私は片腕を上げながら歓喜かんきに満ちていた。

 でも……なにか物足りない。


 もう少し強い魔物の方が練習になるのでは。一応この間の死霊アンデッドくらいのものは倒せたわけだし。


 あまり遠くまで行くつもりは無かったのだけれど、街から近いことだし……私は軽い気持ちでずんずんと先に進む。そうして進んでいくうちに開けた場所にたどり着いた。


「わぁ! 近くにこんな素敵な場所があったなんて‼」

 私は呑気のんきに両手を伸ばしくるっと身体を一周する。


 そこは少し開けた小高い丘になっていて、中心には一本の大きな木がたたずんでいた。耳を澄ますと葉のこすれる音、どこからか花の香りを乗せた風がふわっと流れてくるとてものどかな場所。


 ここにくるまであれから魔物とも遭遇しなかったし、スライムくらいの弱い敵しかいないのかもしれない。私は呑気にもそう思いその丘に立っている木に腰をかけひと休みすることに。


 一応どこから魔物が来てもいいように気をつけてはいたのだけれど。あまりにポカポカしていい天気だったのであろう事かウトウトしてしまう。


「ちょっとだけなら……」


 眠気という悪魔がささやく。

 どれくらいだっただろうか。そんなに長い時間ではなかったと思うのだけれど。


 ──ん⁉ 何か視線を感じる⁉


 むにゃむにゃと目をこすりながら開けると黒い大きな影が見えた。しかも大きくて丸い。もう一度よく見てみる。


「どわぁっっ‼」


 そこには、先程倒したスライムの何十倍もの大きさのスライムが私を見下ろしていたのだ。


 さっきの可愛いスライム達とは違い、噛まれたら痛そうなギザギザの歯。踏み潰されたら一溜ひとたまりもなさそうなぶよぶよした胴体。獲物を見つけたという顔でニヤニヤと私を見下ろしていた。


 私は驚きのあまり間抜けにそして豪快ごうかいに身体が飛び上がった。そして次の瞬間本能がそうさせた。


 私は手元にあった小石を透かさずその巨大スライムの目玉目掛けて投げる。あまり知能のない魔物だったのだろうか。見事に命中し顔をそむけた。


 その一瞬をついて一目散いちもくさんに私は逃走を図る。知能の他に俊敏性も残念な魔物だったようで私はあっという間に距離を開けることが出来た。


「はぁっはぁっ……危なかったあ。あんな大きいのがいたとは……」


 私は両膝に手を置き呼吸を整えながらつぶやく。いや、抑々そもそも居眠りした自分が悪いのだけれど。ひたいの汗をふぅとぬぐいながら辺りを見渡すと。私は逃げる事に必死でさらに森の奥へと進んでしまったようだ。


「…………」

「ああ、どうしよう……」


 後ろを振り返るも帰り道が分からない。自分のこの間抜けな状況に笑いさえ出てくる。次に取り留めのない不安が襲ってくる。私はその場にうずくまりどうやって帰れば、と頭を抱えこんでいると草むらからカサカサと音が聞こえた。


 はて? この展開はどこかで……。


「…………」

「ガルルルルルルルルルルッ‼」


 草むらから出てきたのは……。

 異世界一日目にして私を死に追いやろうとしたウルフだった。


(ええええええええええ‼ この状況で出てくる⁉)


 私は目を見開き固まってしまった。自分の運の悪さを呪い頭がクラクラしてくる。でも──その時私の脳裏のうりによぎる。


 私はあの時の私じゃない。


 今なら魔法も使えるのだ、と心の中で声が聞こえた。

 私はウルフに向けて眼光がんこうを向ける。


「この間のようにはいかないんだからっ‼」


 私はそうウルフに仁王立ちして宣言する。そしてすぐさま炎の魔法の詠唱を始めた。しかしウルフもそう易々やすやすとは待ってはくれない。後脚うしろあしを蹴りあげ攻撃の体勢へ入る。


 私は詠唱を終え手のひらをウルフに向ける。と同時にウルフも勢いよく襲いかかってきた。ウルフの身体の影が私を覆い尽くしてくる。宣言などしている場合じゃなかった。


 ヤバい……これってマズい状況⁉


(続く)

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