おまけep1〈エテルとのひととき〉

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

エテル・男性〉主人公と同じギルドのメンバー

その他ギルメン〉カナタ、ユラ

──────────


 いつものように私は宿舎の中庭にある円卓に座り本にかじりついている。でもその本は、いつもの座学の専門書ではない。フルーヴから貸してもらっている魔法書の方だ。


 初めての実戦を終えてから私はその後、簡単な討伐になら参加させて貰えるようになった。そこで感じたのは上級魔法の重要性。もっと強くなりたい。私をり立てる何かがあった。


「勉強熱心だね」


 私が魔法書とにらめっこをしていると背後から私を呼ぶ声が聞こえた。振り返るとその声の主はエテルだった。白百合色しらゆりいろの髪をなびかせ陽の光がさらに彼の髪色を輝かせていた。


 エテルは穏やかな表情でゆっくりと私のそばまで歩いてくると剣を円卓に立て掛け、私の正面の椅子に座り足を組んだ。


「よくこの場所で勉強しているよね。今日は彼はいないの?」

「あっ、カナタですか? はい。今日はランサーの訓練に行っています」


 少し辺りの様子を伺うように尋ねてくるエテルに私がそう答えると一瞬エテルの顔がほころんだように見えた。


 カナタのことを気にしているように感じた。

 そして私に語りかけてくる。


「そうなんだ。ねぇ、イトア、一つ聞いてもいい?」

「なんでしょうか?」


「どうしてイトアは一人で田舎から王都に何の目的もなく出てきたの?」

「え……」


「その、何か深い事情でもあったのかなって思って。ずっと気になってたんだ」


 私はめくりかけていたページの手が止まりギクリとした。「異世界に召喚されて、右も左もわからずウルフに襲われました」とはとてもじゃないけど口に出せない。


 うまい言い訳が思い浮かばず、目が泳ぐ。でもこの動揺を悟られてはいけない。顔に出さないようにと、自分に言い聞かせる。そんな事を考えている内に一瞬の間を作ってしまった。


 でも私が答える前にエテルが話を続けた。


「僕は正直、突然森の中から悲鳴が聞こえて、一人でイトアが怯えているものだからとてもびっくりしたんだよ? そして僕がウルフを倒して振り返ると君はもう気を失っていて……」

「あはは……」


「それなのに、意識を取り戻した君は、今度は冒険者になりたいって言うのだから。なんて無鉄砲ななんて思ってしまったよ」


 話し終わるとエテルはクスリと笑った。私は始めの質問の答えを求められなくて内心はほっと胸を撫で下ろした。


 そして私は開いていた魔法書を閉じ、その上に両手を添え視線を落とす。ウルフに襲われそうになった時のことを思い出していたのだ。あの時は本当に危なかった。


 そして視線をエテルの方に戻し今度は私が尋ねる。


「エテルこそ、あそこで何をしていたんですか?」

「ああ、僕は時々城の周りの森を巡回しているんだ」


 城? そうだった。

 私の今いる街は、王都なのである。


「ちょうど通りかかった時でよかったよ。あのままだったらイトアはこうして僕の前にいなかったかもしれないからね……それに座っているだけよりもこうして動いている方が好きでね……」


 最後の言葉はまるで独り言を言っているかのようだった。何かエテルにも事情があるのかもしれない。


「でも死霊アンデッドの討伐の時は少し焦ったよ。まさか剣術を心得た死霊アンデッドがいるとはね。守るなんて言っておいて危ない目に合わせてごめんね」


 話の話題は先日の討伐へと変わる。ずっと気にしていたのかもしれない。話終わるとエテルが苦笑いを浮かべた。


「いえ、私こそあんな大変なときにイチかバチかのような真似をしちゃってごめんなさいっ。上手くいったから良かったものの」


 あの時、具現化に失敗していたらと思うと申し訳なく思う。私は座ったままの姿勢で頭を下げた。


「本当に助かったよ。ありがとう。イトアは光に好かれているんだね」


(光に好かれている……)


 なんだかこそばゆい気持ち。だって現実世界では私はいわゆるいんキャラな訳で。私が肩を落としてしゅんとしている様子を案じてかエテルは優しい声色で話し掛けてくれた。


「それにあの時、イトアが魔法を出せなかったとしても、僕がなんとかしてたと思うから気落ちすることはないよ。例えどんな傷を負おうとも君を助けにいったよ」


「え……」



 ──「僕は、これからもずっとイトアを守れる存在になりたいんだ」



 そう告げると魔法書に沿えていた私の手の上にエテルが自分の手を重ねてきた。


 私の肩がわずかに上がる。エテルは視線を私からその手に移し、何処どこと無く切ない顔を浮かべた。私はこの急展開に目が左右に揺らぐ。どんな顔をすればいいのか分からない。ずっと重ねられた手元ばかり見ていた。


『守れる存在』……この言葉が私の頭の中で反響した。


 それにあの死霊アンデッドの時お姫様抱っこをされ、あげく頬にキスされた事も脳裏のうりを横切った。これをときめくというのだろうか。その間にもエテルの手を伝ってほのかな温かさが伝ってくる。


 私の鼓動は一気に早くなり、身体中の体温が上昇するのが分かった。


「でも僕はまだまだだよ。もっと鍛錬たんれんをつまなきゃ……」


「そんな事ないですっ!(もう充分強いと思います……)あれから何度か一緒に討伐に行ってますがいつもエテルに助けてもらってばかりで……あの……本当にありがとうございます」


 手を重ねられたままのこの状況下で、顔を真っ赤に染め上げ、しどろもどろの私は改めてお礼を口にする。こうしてゆっくりと二人で話すのが久しぶりだったから。


 あれからエテルとは何度か一緒に討伐に行っている。私が弱いからかカルドはいつもエテルをメンバーに入れてくれているようだった。初めて助けてくれた時も今もだけど私にとってエテルが救世主という存在なのは今も変わらない。


「少しは僕も役に立っているようでよかったよ」


 エテルは安堵あんどの表情を私に向ける。

 いえいえ、おんぶにだっこですみません……と心の中でつぶやく私。


「あっそうだ! ユラから聞いたんだけど、湖で儚雪(スノー・ノエル)を具現化したそうだね。凄く綺麗だったって聞いたよ。僕にも見せてもらえないかな?」


 エテルは私から手を離し、また笑顔に戻った。


(続く)

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