吸血鬼さんと助手の僕

@isii-asuka

9月1日(月)

「これでホームルームを終わる」

「起立、気をつけ、礼」


 担任の声がした後、すぐに日直が掛け声をかけた。

 寝そうだった…というかほぼ寝ていた僕は、急いで立ち上がり頭を下げる。


 担任の独特な口調と涼しげな風。さらに、二学期最初のホームルームということで長すぎる興味ない話が加わったからか、大半の生徒が寝かけていた。


 退屈だった。僕は伸びをして、固まった体をほぐす。

 荷物(と言ってもほぼ何もないが)をまとめて帰ろうとしたその時。


「宇井悠人。宇井悠人はいるか?」


 担任の大声がした。

 なんでフルネームなんだか。1学期で慣れないからかと思っていたが、2学期以降も担任のフルネーム呼びは続くらしい。


 逃げる理由もないので、返事をして担任の近くに行く。

 悪い事をした覚えはない。無論、褒められるような良い事もしていないが。テストも平均的な点数だったし…。


 思い当たる事を考える僕に、担任は茶色の封筒を渡した。重くはないものの図鑑が入るぐらいの大きさがある。


「これは?」

「内山ひなたに渡しておいてくれないか」

「とは?」

「いや、だから。内山ひなたに渡しておいてくれないかって」


 は?い?なんと?

 僕は首を傾げた。内山ひなたって誰だ…。そもそも僕に頼まず自分で渡せば良いのに。


「出席番号4番。君の後ろの人」


 担任はキョトンとする僕に、苛立たしげに言った。

 はぁ。そういえばいたような…気がしなくもない。


 僕は振り返って内山ひなたの席を探す。見つけて、あっ、と声を上げた。

 そうだ。あの不登校の子か…じゃなくて。え?どうやって渡すの?


「分かったからじゃ、よろしく頼む。住所は裏に書いてあるから、適当に調べて行け」

「待っ…」


 理解できていない僕を置いて、担任は教室を出て行く。それと入れ替わりに幼なじみでクラスメイトの真が来た。

 僕の手にある封筒を見て、目を丸くする。


「悠人。それって補修の紙?宿題テストの点数が1割以下の人に配られるってウワサのやつ?」

「じゃない!担任に押し付けられた」


 ひどいな。そこまでバカじゃない。

 僕は頬を膨らませた。


「嘘ウソ。冗談だって。で、これは?」


 そう言うと、真は封筒を取り上げた。中身を見るなり、目を白黒させる。


「えっ?これって吸血鬼のプリントじゃん。どうして持ってるの?」


 好奇心に満ち溢れた目で、僕を見た。取りあえず、担任に言われた事をそのまま話すことにする。


 内山ひなたを吸血鬼と言ったことには触れずに。


「あはっ、変なもの頼まれたな。出席番号が前ってだけで」


 聞き終わった真は、手を口と腹にあてて笑いを噛み殺しながらそう言った。

 なんと他人事な!もっと同情してくれると思ったのに!…別に同情してほしい訳じゃないけど。


「でもさ。それ、渡されたってことは、家に行って直接渡せってことでしょ?」

「……。へ?なんで?」

「なんでって。郵便受けとか宅配ボックスで良いなら郵送してるでしょ、一応お金ありそうだし」 


 そんな。考えもしなかった。さすが学年2位の頭脳!…とか思っているところではない。


 家に上がる⁉︎や、まあ、お母さんとかいると思うけど。だけど。


「やなんだけど。だって全然話したことないし。郵便受けで良–––」

「そういえば。担任って柔道の黒帯で空手もやってたらしいよ」


 郵便受けで良いか、と言おうとした僕を真が遮った。

 黒帯で空手…だから何だって言うんだ。担任が生徒に手をあげることなんて–––。


「ちなみに、ここの学校来た理由。前の学校で問題起こしたかららしいよ」

「えっ⁉︎マジで⁉︎」


 ニヤリ、とした笑みで真は僕の目を見た。

 確かに担任ってこわそうな雰囲気で、体もゴツいけど。それはない…と思う。というか願う。


「ウワサだよ。ウ・ワ・サ。まあ、真実に近いらしいけど」


 フフッと不気味な笑みが真に浮かぶ。

 こわっ。てか、どんだけ人のウワサ知ってるんだよ。


「すっごい顰めっ面になってる。あっ!ごめん。もう時間だから。頑張ってね」


 ふと時計を見た真がそう言って教室から出て行く。

 唯一仲間と思えた真がいなくなり、僕はその場にへたり込んで大きなため息をついた。


「悪夢。これは悪夢だ」


 そう言い聞かせてみたが、状況は変わらない。

 僕は再びハー、とため息をついた。


 よし。ただ渡せば良いんだ。一瞬で渡して、そのまま帰れば。


 失望しきり、なぜかポジティブになった僕は、取りあえず内山ひなたの家に向かうことにした。


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