最終話

 3時間くらい寝たと思ったが、時計の針は30分しか進んでいなかった。

 手つかずのペットボトルが枕元にあるのを思い出し、ぬるいお茶をカラカラののどに流し込む。


「ふぅ……」


 寝落ちする寸前、アキラを見た記憶がある。

 部屋に入ってきて、何かを置いていった気がするが、あれは夢だったのか。


「ん?」


 手に触れたのは硬い本だった。

 そのタイトルを目にした瞬間、息が止まりそうなほどびっくりする。


『初めての性体験ガイド』という一文が見える。

 帯のところには『日本一分かりやすいS◯X入門!』というピンク文字も。


 マジか。

 これをアキラが買ったのか。

 ご丁寧なことに目立つところに付箋ふせんが貼られており、


『これを読んだら僕の部屋にきなさい』


 と書き置きしてくれている。


 ごくり……。

 この状況から察するに、アキラは今夜やる気である。

 わざわざ本を置いたのは、リョウが逃げないためというより、アキラ自身の決意の表明かもしれない。


 一般的に男は痛くない。

 性交痛という言葉があって、クリニックに相談窓口があるらしいが、ほとんど女性専用だろう。


『優しくしてよね』


 本をアキラからのメッセージと解釈したリョウは、頭の変なところが熱くなるのを我慢しながら、ちゃんと最後まで目を通した。


 アキラの置き土産は他にもある。

 ティーンズラブのマンガ本が数冊。


 ディーンズラブというのは、TLと略される女性向けエロのことで、国内外の市場はまあまあ充実している。


 マンガをめくってみた。

 思ったよりエロ成分が増し増しだったので驚く。


 マンガにも付箋がたくさん貼られており、


『こういうシチュエーション希望』


 とか、


『こういうセリフを耳元でささやいてほしい』


 みたいな少女の欲望を垂れ流してくれている。


 アキラ……。

 お前ってやつは……。

 意外と大胆なところ、大好き。


 TLマンガ本は4冊あって、その中の1冊のタイトルが『猫かぶりな私は黒豹くろひょうカレシに食べられる』といえば、アキラの大体の趣味が伝わるだろう。


 セリフの一部を抜粋すると、こんな感じ。


『かわいい声出しやがって……学校とはまるで別人じゃねえか』


『俺にどうしてほしいのか、自分の口でいってみろよ』


『今みたいな甘え顔、他の男の前ではすんなよ』


 普段はクールで八方美人なヒロインが、実は甘えん坊で幼稚な裏の顔を、頼れるカレシの手によって丸裸にされる、みたいなシチュエーションに燃えるらしい。

 つまり、男に主導権を握られたいらしい。


 これは責任重大だな、と感じたリョウは、ペットボトルの残りを飲み干して、集中力MAXでマンガにかじりついた。

 アキラの理想を体現してやらないと……。


 そういや、学校で女子と話しているとき。

『ネチネチ責められるのが好き』みたいな話を臆面おくめんもなく打ち明けていた。

 半分冗談かな、と思っていたが、TLマンガ4冊を読んだ感じだと、アキラがちょっぴりM寄りなのは間違いなさそう。


 やべぇ……。

 しつけてあげたい。

 この本のヒロインみたいに猫耳とチョーカーを装備したアキラを、死ぬほど溺愛できあいしてみたい欲求がムクムクと湧いてくる。


 というか、アキラの方から甘えてきて、頭をグリグリしてほしい。

 母親ゆずりの髪の毛、気持ちいいから。


 1秒でも早く隣の部屋に突撃したいのを我慢して、付箋のところを再読した。

 

 パタン。

 最後の本を閉じたリョウは、ポケットにゴムを突っ込んで、いざ本丸へと向かう。

 気分だけは、これから初陣を果たす戦国武将である。


「アキラ、起きているか?」


 コンコンとノックする。


「どうぞ」


 声が返ってきたので、ゆっくり開ける。

 アキラは新品のベッドに腰かけて、薄明かりの中で外国文学を読んでいた。


 ここで気後れしてジョークを口にすると失敗する。

 貸してもらった本をアキラに返しながら、


「ありがとう。かなり助かった。参考になった」


 素直に感謝しておくのがベター。

 リョウが全部に目を通したと知り、アキラの表情がほころぶ。


「本当にいいのか?」


 これは儀式みたいな問いかけ。


「俺は童貞だから、本の中のイケメンみたいに上手にできない」

「それは僕だって同じ……これから一緒に勉強してほしい」

「自分でいうのもアレだが、俺は探究心たくましい男だ」

「うっ……」

「アキラの体の隅々まで、一個一個の反応まで、この手でチェックしないと気がすまない……かもしれない」

「知ってる……でも、リョウくんならいい……それに僕だって」


 アキラは目をトロンとさせて、リョウの体にもたれかかってきた。


「リョウくんの反応とか、表情とか、本音とかたくさん知りたい」

「おい……」

「男の人でもエッチな声を出すのかとか。僕も自分で調べたい」

「かわいすぎるだろう。やばいって」

「誤魔化さないで。僕の目を見て」


 リョウの後頭部に柔らかいものが触れた。

 油断していたとはいえ、アキラに押し倒されたと知り、内心に焦りが広がる。


「リョウくんのことが好き。いつも笑わせてくれるから。いつも側にいてくれるから。僕が転びそうになったら支えてくれるから。リョウくんのことが好き」

「俺もアキラのことが好きだ」

「リョウくんを幸せにしてあげたい。僕の体を自由にしていいよ、ていったら、リョウくんは今より幸せになるのかな?」

「なると思う。逆にくけど、アキラはそれで幸せなのか?」

「わからないよ……実際にやってみないと」


 目から肉食獣のような光が消え失せて、アキラの頬っぺたに羞恥しゅうちの色が戻ってくる。


「ほら……僕って別に……抱き心地のいい体型ってわけじゃないだろう」

「でも、お肌とかシルクみたいに滑らかだぞ。髪の毛とか、いつもいい匂いがするし」

「あぅ……」


 リョウは上体を起こして、アキラをそっと抱きしめた。

 まだ行為がはじまる前というのに、2人とも興奮でのぼせている。


「物件を選ぶとき、アキラは防音にこだわったよな」

「うっ……まあ……」

「それって、夜の声を聞かれたくないから?」

「それはある……だって、恥ずかしい声を出しちゃう」

「メッチャ聞きたい。アキラの恥ずかしい声。俺の脳みそに録音したい」

「やめろって、バカ。リョウくんだから教えるけれども、僕ってたぶん、女子にしては性欲が強い。演劇のレッスルに参加するようになって、運動ホルモンが出ているせいか、18歳の誕生日を過ぎてからは特に強い」

「それは朗報かつ悲報だな。アキラの子どもも性欲が強くなるってことだろう」

「あぅ……いうな、バカ」


 アキラは身をよじったけれども、抵抗と呼ぶには弱々しい。


「この1年くらい、僕が温めてきたお願いがあるのだけれども、この場で告げてもいい?」

「おう、何でもいってくれ」


 リョウは背筋をぴんと伸ばした。

 アキラも姿勢を正して、きれいに正座する。


「僕を……本当の意味で女にしてくれ!」






《作者コメント:2021/07/25》

読了感謝です!

続きは脳内でお願いします!




以降は大学生活となります。

まったくの白紙ですが、余力があるとき、SS形式で更新できればと思います。


※ストーリーとしては最後のアキラのセリフで完結です。


第一話のアップから約一年、毎日更新できたのは読者の皆様のお陰です。

もちろん自己ベストですし、死ぬまで自己ベストだと思います……たぶん。

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