【1周年SS】リクルートスーツ

 アキラと一緒の時間が増えた。

 色違いのスリッパやマグカップを見るたびに、家族になったような錯覚がして、リョウの口の端がゆるむ。


 引っ越してすぐの頃。

 宗像、不破の両家から支援物資という名目でたくさんのダンボールが届いた。


 日持ちする食料品が中心で、インスタントみそ汁なんか、1年分かと見紛うほどの量がある。

 おいしそうなフルーツゼリーやパスタソースの詰め合わせは素直に嬉しかった。


 新品のソファに並んで一緒に飲んでいるのは、アキラがれてくれたミルクココア。

 これも宗像家から粉が届いたやつだ。


「マグカップ選び、失敗したかな〜」


 アキラが小首を傾げながらいう。


「よく似合っているぞ。英字のデザイン、格好いいだろう」

「2人で同じサイズにしちゃったからさ。僕には大きすぎて、リョウくんには小さすぎる気がするんだよね」

「ああ……」


 アキラは水分をこまめに摂取するのだけれども、その代わり一度に飲める量が少ない。

 350mlの缶を開封したら、飲み切るのに苦労して、リョウくんに残りはあげる〜、と押しつけてくるタイプ。


 そうか。

 このマグカップ、アキラには大きいのか。

 リョウにとっては物足りないサイズだから、男女差みたいなやつを痛感する。


「まあ、大は小を兼ねるというだろう。次からマグカップに飲み物を淹れるとき、アキラは6分目にしたらいい」


 ココアを飲むとき上下するリョウの喉を、アキラはじいっと凝視してくる。


「リョウくんの飲みっぷり、格好いいな」

「いや、普通だろう」

「僕はそんなにグビグビ飲めない」


 マグカップを握っていない方の手を伸ばして、アキラの襟足えりあしをこちょこちょすると、猫みたいにうっとりしている。


「アキラは飲むスピードが遅いからな。それはそれで愛らしいぞ」

「むぅ〜」


 リョウが笑うのに呼応して、少なくなったココアの表面も揺れた。


        ※        ※


「そろそろスーツ届くかな?」


 ファッション誌に目を通していたアキラが、そわそわしながら雑誌を閉じた。


 これで5回目だ。

 時間指定の配送だから、心配しなくても届くので、リョウはのんびりマンガを読んでいる。


「なんでアキラが不安そうなんだよ。俺のスーツだろうが」

「でも、配送ミスとかで届かなかったら、リョウくんが入学式に着ていく服がなくなるよ」

「大げさだな。最悪、レンタルスーツがあるだろう」


 屈託なく笑うリョウが信じられないのか、アキラは意味もなくリビングの端から端を往復する。


「せめて、あと何分で届くかだけでも知りたい」

「この現代っ子め」


 インターホンが鳴り、アキラの足がピタッと止まった。

 応答の様子から察するに、配送業者が来たようだ。


「リョウくんのスーツ、届きました〜」


 大きなダンボールの中に上下の一式が入っている。

 同封されている紙には『ご入学・ご就職おめでとうございます!』とプリントされていた。


 スーツを初めて着るのは大学の入学式、という人は少なくないと思う。

 男子の場合、その次が成人式で、その次が就職活動だ。


 あまり派手なスーツを選ぶと、就活の面接で浮いちゃうので、ベーシックなタイプを選ぶのが一般的。


(面接官もサラリーマンなのだ。相手より上質なスーツを着ていくのは避けよう)


「さっそくファッションショーしよう!」


 アキラが新品のスーツを押しつけてくる。

 ちゃんとした専門店を利用しているアキラは、ネット通販でオーダーしたリョウと違って、昨日受け取りを済ませていた。


 いったん私室へ戻る。

 リョウは事前に買っておいたワイシャツ、ネクタイ、靴下を取り出して着替えた。


 袖を通した感じとしては、学校の制服とそれほど変わらない。

 夏冬兼用のお手頃なやつを選んだせいか、ちょっと布地が軽い気もする。


「あれ……袖口って……」


 ジャケットの袖口から出るワイシャツの袖って、1cmちょっとが目安なのだが、明らかに2cm以上出ている。

 恥ずかしい、まあいいか、サラリーマンじゃないし。


 もう一度鏡を見て、ネクタイが曲がっていないことを確認してから、アキラの部屋をノックした。


「ちょっと待って〜」


 それから3分くらい待っても出てこないので、もう一度ノックしてみた。


「だからちょっと待って!」


 おかしいな。

 ネクタイがない分、女の子の方が楽そうなのに。


「じゃ〜ん!」


 アキラが着替えに手こずった理由はすぐに分かった。


 ストッキングである。

 ブラック、ブラウン、普通のベージュ、ピンク寄りのベージュ、黄色寄りのベージュといった具合にたくさん買い揃えており、どれが一番しっくりくるか試していたらしい。


 スレンダー体型のアキラには、タイトなスーツがよく似合う。

 中に着ているのは特徴のない無地ブラウスだけれども、かえってアキラの美形っぷりが際立つといえよう。


「明るいベージュのストッキングにしたんだな」

「まあね。一番無難だから」


 アキラの周りを一周してみる。

 腰からお尻のラインがきれいだ。

 ストッキングに守られたふくらはぎも美味しそう。


 褒め言葉をかける代わりに、後ろから抱きしめた。


「やめろって、リョウくん、スーツにシワが残っちゃうだろうが」

「アキラのスーツ姿、なんか大人っぽい。俺のムラムラがやばい。このまま寝室に連れ込みたい」

「ぐぬぬぬぬぬ……絶対いうと思ったよ」

「知ってたのかよ。期待してた?」

「君ってやつは……」


 ハグした姿勢のままソファまで移動して腰を下ろした。

 新品のスーツの匂いが良くないムードをかき立てる。


「ストッキングで我慢するから、触ってもいい?」

「嫌だよ。そういって破く気だろう」

「そこまで野獣じゃない」


 アキラのうなじに息を吹きかけると、リョウの目にも分かるくらい震えが走る。

 それをOKのサインと受け取ったリョウは、生まれて初めて女の子のストッキングに手を重ねた。


「いっとくけど、僕はリョウくんの玩具おもちゃじゃないんだぞ」

「当たり前だ。こんなに俺を楽しませてくれる玩具がこの世に存在してたまるか」

「はぅ……」


 天使のような肌触りに、攻めるリョウも、攻められるアキラもうっとりする。

 指先でトントンしたり、爪でなぞってみたり、アキラの反応を見ながら弱点を探していく。


「ダメ……いつもよりこそばゆい……笑っちゃう」

「なんだよ、一人だけ楽しみやがって」

「そこ……好きかも……」


 この後、調子にのって遊びすぎたせいで、ストッキングを何箇所か伝線させてしまい、正座して謝るハメになった。



《作者コメント:2021/08/17》

あれからもう……。

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親友だと思っていたクラスの王子様が実は女の子だった ゆで魂 @yudetama

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