第330話

「ほら、たんとお食べ」


 1教科目の試験を終えたリョウたちは、大学のカフェテリアで向かい合っていた。

 2人のあいだにはアキラと不破ママがこしらえたお弁当が置かれている。


 宗像家が車を出すから、不破家がお弁当を用意する。

 そんな約束を親同士で交わしていたらしい。


 ちなみにカフェテリアは受験生とその保護者のために解放されている。

 だから、親子でご飯を食べる人の姿も目についた。


「なんか悪いな。こんなに豪華なお弁当を用意してもらって」


 ドドン! と真ん中に鎮座ちんざしているのは、肉厚のローストビーフ。

 タラの西京焼きとか、タコと玉ねぎのマリネとか、他にもおしゃれな料理ばかり。


 天ぷらがあった。

 ふきのとうだ。

 2月から3月が旬の山菜であり、不破ママのこだわりを感じる。


 どれから食べるべきか、リョウが迷っていると、


「気にせず食べてよ。僕とママの好みで料理したんだ」


 アキラが背中を押してくれた。


「ではでは、いただきます」


 いきなりローストビーフから頬張ってみた。

 肉の旨みが凝縮されており、スパイシーなタレと絶妙にマッチしている。


「アキラのお母さん、すげぇな。これ、全部自宅で作ったんだろう?」

「そうだよ〜。料理好きが高じて、調理師の専門学校に通ったからね〜。ああ見えて、ちゃんと免許を持っているんだ〜」

「マジかよ……」


 アキラはたいめしをうまそうに頬張っている。

 なるほど、めでたいと掛けているのか。


「うん、うまい。これなら僕も、午後をがんばれるよ」

「英文科の試験、どうだった? 英語がとっても難しいんだろう」

「まあね。でも、何とかなった。全問正解できた自信はないけれども、9割は堅い。僕よりスコアが上の人がいたら、教えてほしいくらいだよ」

「余裕すぎるだろう、おい」

「むふふ」


 試験は3教科あるけれども、点数配分はフェアじゃない。

 たとえばアキラの英文科の場合、英語が6割のウェイトを占めたりする。

 大学や学部によって、求められる教科が違うのも、大学受験の醍醐味だいごみだろう。


「もう午後は寝ていても受かるんじゃねえの?」

「それは言い過ぎ。それに獅子ししはウサギを捕らえるにも全力を尽くすのさ」


 余裕そうなアキラを見ていると、リョウの肩の力も抜けてきた。


「だから、リョウくんもベストを尽くせ。60点がベストなら60点でいい。それでも落ちちゃったら、僕は文句をいわない」

「そういう言い方されると、なんかプレッシャーだな」

「そうか? だったら、もっとプレッシャーをかけておこうか? リョウくんが浪人するなら僕も一緒に浪人する」

「やめろ……俺が死にたくなるから」


 赤面したのを誤魔化すように、リョウも鯛めしをかき込んだ。


「お茶漬け、あるある」

「はっ?」

「水筒にダシ汁を詰めてきた。鯛めしに薬味をのっけて、その上からダシ汁をかける。すると、お茶漬けに早変わり」

「マジかよ……豪華すぎるだろう、この弁当」

「うん、僕もそう思う」


 アキラは困ったように眉を八の字にする。


「でも、娘の大学受験だから。うちの親は手を抜きたくないんだよ」

「愛されてんな」

「まあね。こんなこと、大きな声でいいたくないけれども、僕は母親の宝くじで大当たりを引いたらしい」


 ここにいない不破ママに向かって、リョウはしっかり感謝しておいた。

 残りの試験もベストを尽くします、と。

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