第331話

 受験なんて、終わってみればあっという間だった。


 17時ぴったりに最後の回答用紙が集められていく。

 試験スタッフが枚数をチェックして、もう1人の試験スタッフに再チェックをお願いする。


「皆さん、お疲れ様でした。結果発表は3月6日の午前10時を予定しています。WEBサイトか大学の掲示板で合否をチェックできます。帰り道は暗いので気をつけてください」


 これで終わった。

 この先4年間を左右する大学入試。

 高校3年間の積み重ねが、わずか半日で試された。


 長かったような、短かったような……。

 そう思うってことは、ちょうどいい長さなのだろう。


 受験生たちがぞろぞろと退場していく。

 だいたいの学部が17時終了らしく、バス乗り場の付近は長蛇の列となっていた。

 中にはバスを諦めて、徒歩で駅へ向かう人の姿もある。


 母にメッセージを打つ。

『無事に入試が終わったよ』

『手応えはまあまあかな』


 アキラはリョウの顔を見るなり、


「なんだよ、リョウくん、思ったより余裕そうな顔じゃん」


 そういってリョウの胸板をツンツンしてきた。

 

「そう見えるか? たぶん、疲れすぎて、気の抜けた表情になっているだけだと思う」


 リョウは周囲をキョロキョロした。

 ちょうど人目につかないくぼみがあり、そこにアキラを誘った。


「アキラとキスしたい。受験が終わったね、のキス」

「おい……不謹慎だぞ」

「だから、我慢する。結果が出るまで。アキラの唇、予約したからな」

「あぅあぅ……」


 大きな緊張から解放されたせいなのか、アキラはトロッとした瞳を向けてきた。

 優しい眼差しがリョウの心の疲れを癒してくれる。


「リョウくん、君は僕を欲しがりすぎ。愛情表現がストレートなんだよ。もっとムードを大切にしなさい」

「そうはいっても、同棲するようになったら、今よりずっと距離が縮まる。たぶん、俺の我慢にも限界がある」

「ん? 我慢しているの?」

「メッチャしている」

「うぅ……」

「覚悟しておけよ」

「わかった。覚悟しておく」


 アキラは甘えん坊みたいに頭をグリグリ押しつけてくる。


「でも、優しくしてよね」

「かわいすぎるな、お前。好きすぎて、やや強引になるかも」


 母からメッセージがきた。

 近隣の駐車場が混んでおり、ちょっと離れたスーパーにいるから、そこまで歩いてきてほしい、と。


「アキラからも要求してくれよ。俺だけワガママみたいだ」

「えっ……リョウくんに要求しちゃっていいの?」

「なんでもいい」

「そうだな〜」


 暗くなった空をアキラは見上げる。


「じゃあ、天体観測したい。冬の星を見たい。いい感じのところで。お菓子とか温かい飲み物とか用意して。夜のピクニック。そこで語り明かしたい。冬の夜に屋外で食べるカップラーメン。味はそうだな……カレー味かな。2人で半分こする。そういうシチュエーションに憧れる」

「なにそれ。すげぇ楽しそう」

「だろう」


 もうすぐ高校生活が終わる。

 高校生という身分を剥奪はくだつされる。


「アキラが18歳のJKでいられるのも、残り1ヶ月だよな。レン先生じゃないけれども、危ない魅力がある年齢だと思う。受験も終わったことだし、しっかりと堪能たんのうせねば」

「おい……いうな」


 未来に向かって希望を膨らませた、冬の夕暮れだった。

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