第326話

 2月のとある寒い日。


「うげぇ……風邪を引いた……」


 リョウは朝からベッドの上で横になっていた。

 頭には冷却シートをのっけて、枕元には母が買ってきたスポーツドリンクを置いてある。


 熱が37度ちょっとある。

 喉だってイガイガするし、頭の奥がぼんやりするのだ。


 昨日、夜更かしして勉強したのが悪かった。

 なかなか寝つけなくて、30分くらい勉強して、それでも寝つけなくて、また30分やって……という感じの悪循環ループ。


 体にムチを打った成果があったかといわれたら微妙だし、今朝はこんな調子だし、完全に裏目に出たといえよう。


 風邪なんていつ以来だよ。

 高校を病欠したことはないから、4年ぶりくらいだと思われる。


 まいったな。

 今日はアキラと一緒に学校の自習室で勉強する予定だったのに。


 仕方ない。

 アキラには1人で学校へいってもらうか。

 リョウは目をゴシゴシして携帯を握りしめる。


『すまん、風邪引いたっぽい』

『大した熱じゃないが、俺は1日、安静にしておく』


 これで送信。

 アキラは怒るかな。

 学校いくとき、いつも一緒だしな。


『わかった』

『無理すんな』

『試験の当日じゃなくて、むしろラッキーだったな』


『いえてる笑』

『不幸中の幸いだ』


『お大事に……』


 普通の反応だったのでひと安心。


 リョウは携帯を伏せた。

 額の冷却シートのお陰で、少しは楽になったが……。


「そうだ」


 机の上にある単語帳を手にとった。

 これなら寝たまま勉強できるし、腕もそんなに疲れないから、一石二鳥である。


 自信のある英単語は破って捨てていく。

 ぶ厚さが減るたび、成長を実感するみたいで、ちょっと嬉しい。


 コテッ!

 頭に単語帳がぶつかった。

 束の間、意識を失っていたらしい。


「寝ていたか……」


 ベッドを抜け出して、お手洗いに向かったとき、玄関のチャイムが鳴った。


 まさかと思い耳を澄ませる。

 玄関の母と会話しているのはアキラであり、あいつめ、と内心で舌打ちする。


「よっ。お見舞いにきてやったぞ、リョウくん」

「よっ、じゃねえよ。俺は風邪だって伝えたろうに」


 追い返すわけにはいかないのでアキラを部屋に入れた。


「リョウくんの風邪なら伝染うつされても平気」

「しれっと人たらし発言するなよ」


 アキラはコンビニ袋を提げていた。

 中にはゼリーとかジュースとか果物グミが入っており、どれもリョウの好きな商品ばかり。


 立場が逆転したな。

 以前はアキラが風邪を引いて、リョウがお見舞いのゼリーを持っていったのに。


「リョウくんは卑怯だ」

「ん?」

「風邪を引くのはいつも僕の方だ。いつも心配される。たまには、リョウくんも風邪を引くべきなんだ」

「無茶苦茶な理屈だよな」


 ゼリーを開けてもらった。

 一口、食べさせてくれる。


「おいしい?」

「うん、うまい」


 リョウがめたスプーンで、アキラは一口食べる。


「おい、やめろ。本当に風邪が伝染ってしまう」

「だから、平気だって」


 次の瞬間、信じられないことが起こった。

 アキラの方からキスしてきたのである。


 口内のグレープフルーツ味が一気に強くなる。

 冬にしては清涼感があり、すっきりした味わいに、落ち着いていた胸がドキドキする。


「アホか。病人にキスするな。どうせなら、俺が元気なときにしろ」

「半分、もらってやった」

「はぁ?」

「リョウくんの風邪、僕が半分もらった。明日にはきっと元気になる。そうしたら、一緒に学校いける」

「まったく……明日寝込んでも知らんぞ」

「むしろ、本望さ」

「お前なぁ」


 抱きしめたい。

 リョウが元気な体なら。


「リョウくんの勉強机、借りてもいい? たまには違った環境で勉強したい」

「まったく……」


 今日のアキラの体からは、やけに甘い香りがした。

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