第327話

 シャープペンシルのカリカリという音が聞こえてくる。

 勉強に集中しているアキラを、リョウはしばらく観察していた。


 きれいな横顔だな。

 指先もすらっとしていて、背筋がピンと伸びているから、王子様キャラと呼ぶに相応しい。


 演劇をはじめてから、アキラの所作はますます美しくなった。

 こういう日常もトレーニングの一部らしい。


 あのキャラなら、どういう仕草をするだろうか。

 頭の片隅でずっとシミュレーションし続けているそうだ。


 アキラが、ふうっ、とため息をつく。

 男でも女でも通用しそうな目元がこっちを向いた。


「調子はどう?」

「お陰さまで、少しよくなったよ」


 アキラはペンを置いて、ベッドに近づいてきた。


「2人で同棲するだろう。どちらか一方が風邪を引くだろう。残りの1人が面倒を見ないといけない」

「そうだな」

「今回はその予行演習なのさ」


 にかっと口角を持ち上げた恋人が眩しくて、リョウはつい視線をそらしてしまう。


「楽しいな〜。楽しいな〜。リョウくんとの2人暮らし、楽しいな〜」

「おい……変な歌つくるなよ」

「いいじゃないか。一緒に歌おう」

「勘弁してくれ。こっちは病人なんだ」

「微熱のくせに?」

「あのな……」


 口では拒否しつつも、アキラのことがますます好きになりそう。


「僕が体調不良になったときは、リョウくんが看病してくれよ」

「そうだな。濡れタオルで体を拭いてやる」

「それは遠慮する! 風邪でもシャワーを浴びるから!」


 アキラがベッドの横に座り込み、あごをちょこんとのせてきた。

 空間から首が生えているみたい。


「リョウくん、そんな状態で勉強しても、能率は上がらないだろう。ほれ、スマホで物件の情報でも調べておけ。良さそうなのがあったら、教えてくれ」

「はいよ」


 どのサイトを利用しているのか訊いてみた。

 アキラは3つ並行でつかっているらしい。


「1つのサイトでしか取り扱っていない物件が多いんだ。たまに重複して載っているけれども」

「なるほど」


 うわっ……。

 物件の検索って意外と複雑。


 まずは土地を選択。

 駅の名前でもいい。

 それから予算、間取り、階数、ベランダの有無、駐車場の有無、浴室乾燥の有無などを入力。


 最寄り駅までの距離か。

 よく知らないから『条件なし』でいいや。


 ポチッと検索。

 おすすめ順に出てきた。


「おおっ、たくさんある」

「調べるだけでもおもしろいよ。実際に住んだ姿を想像してみる」


 アキラが勉強に戻ったので、リョウは条件を色々変えて、おもしろそうな物件がないか調べてみた。


 お墓の隣、真後ろに鉄道が通っている、みたいなデメリットは記載されていない。

 なるほど、不都合な事実は隠していくスタイルらしい。

 環境は自力で調べるしかなさそう。


『3月3日から入居可』みたいな物件は、現在、人が住んでいるのか。

 おそらく卒業を控えた大学生だろう。


 ぐぬぬ……。

 理想の物件って、そう簡単に見つからない。

 間取りがいいな、と思っても、駅とかスーパーから遠くて、車がないと住むのは厳しそう。


 最寄り駅から徒歩28分⁉︎

 アキラの足なら、40分近くかかりそう。


 たしか徒歩1分=80メートルだっけ?

 昔にマンガを描いていて、ネットで調べた記憶がある。


 築1年とか築2年の物件もたくさん出てくる。

 アキラなら新しい住居を好みそう。


 大学4年間、同じ家に住むのかな?

 インターネットの契約とか、最低でも2年縛りだから、引っ越すとしたら3年生に上がるときか。


 なんか楽しみになってきた。

 新居について考えるとき、人生計画を立てるみたいでワクワクする。


「よしっ!」


 リョウは跳ね起きて、床に両手をついた。


「何やってるの、リョウくん⁉︎」

「腕立て伏せ。風邪に負けてられん。シャワー浴びて、俺も勉強する。スポーツ選手だって、風邪でも戦うだろう」

「おおっ⁉︎ やる気だ!」

「アキラとの将来は自力で手に入れる」


 何がおもしろいのか、アキラは足をバタバタさせて笑っていた。

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