第324話

 緑色ののれんが目印のラーメン屋へやってきた。

 入り口のドアをくぐった瞬間、魚介系の匂いがぷ〜んと鼻を突いてくる。


「おいしそう! 有名なお店なの⁉︎」

「まあまあ有名だぞ。都内にいくつか店舗がある」


 夕食を食べるには早い時間だけれども、店内には一人客や男女の姿がチラホラ見える。


 まずは券売機へ。

 リョウは定番の煮干しラーメンにしておく。

 受験が終わって気持ちが前向きということもあり、大盛り、かつ特製トッピングにしておいた。

 この店の場合、大盛りは無料サービスだから、お得感がある。


 アキラは迷わずにつけ麺をチョイス。

 ところが、麺の量で迷っている。

 少ない方から順に、

 小盛り200g

 中盛り300g

 大盛り400g

 特盛り500g

 メガ盛り600g

 ギガ盛り700g

 メニューにはないが、店員さんに直接オーダーすれば、もっと上のサイズを提供してもらえる。


「ど〜れ〜に〜し〜よ〜う〜か〜な〜。なにがいいと思う?」

「アキラは小盛りにしておけ。じゃないと、食べ残すから」

「値段は据え置きなんだし、大盛りにしておこう」

「おい……」


 400gだから成人男性でも人によってはキツい。


「半分リョウくんにやる。リョウくんだって、つけ麺を食べたいだろう」

「すでに煮干しラーメンの大盛りを頼んだのだが……」

「そっちは僕も一緒に食べてやる」


 店員さんに席まで案内されて、お冷をもらった。


「500gの麺を頼むじゃん。1個のつけ麺を2人で分けたらダメなの?」

「ダメだろう。お店側のルール的に」

「1人1品頼めと?」

「そうそう。暗黙のルールだな」

「むむむ……」


 アキラは承伏しょうふくしかねる様子。


「そこらへんのカフェだって、1杯のコーヒーを2人でシェアされたら嫌だろう」

「たしかに。グレーゾーンだね」


 ラーメンが出てくるまでのあいだ。

 英単語のテストをやってやる、とアキラがいってきた。


「僕がいつも利用しているアプリだ。今回は中級にしてやる」

「受けて立とう。全問正解したら、なにかプレゼントあるの?」

「チャーシューを1枚くれてやる」

「味玉がいいな」

「それは絶対ダメ!」


 1回、単語アプリのデモンストレーションを見せてもらった。

 リョウの番がやってくる。


 問題は全部で20問あり……。

 なんとか全問正解。


「4択だから助かった。最後の方、あまり自信なかった」

「ぐぬぬ……やりおる」


 携帯をアキラに返したとき、2人のラーメンが運ばれてくる。

 それぞれの麺のゆで時間が違うはずなのに、そろって出てくるということは、店側が気を利かしてくれた証拠に他ならない。


「ほれ、約束だ。チャーシューを1個やる」

「俺のチャーシューも1枚やるよ」

「わ〜い」


 煮干しラーメンとつけ麺はチャーシューの種類が違うのである。


 一口食ってみた。

 普通にうまい。


 まずかつおダシの匂いが鼻の奥を刺激してきて、それから魚介の旨みが舌の上で踊る。


 麺はツルツルした中太麺。

 それほど主張のない麺だけれども、スープが繊細な味だから、おそらくベストの組み合わせ。


「リョウくんのラーメン、おいしい?」

「メチャクチャうまい」

「僕のつけ麺もおいしいよ〜」


 食べてもらいたそうな顔をしていたので、さっそく一口分けてもらった。


 こっちは濃厚なつけ汁に、香り高い麺という組み合わせ。

 同じ店なのに、麺もスープも真逆だ。


「うまいな」

「でしょう」

「アキラの好きそうな味だ」

「そうそう」


 少食のアキラにしてはめずらしく、一心不乱に食べていた。

 口が小さいから食べるスピードは遅いけれども。


「チャーシューもうま〜」

「ここのお肉、トロッとしていてクセになるよな」

「うむ」


 半分くらい食べ終わったとき。


「ラーメンって分解しちゃうと、塩と油と炭水化物だよね。おいしさに全振りしている感じが、きっと魅力なんだろうね」

「そうだな。中毒性があるよな。ポテチとかコーラみたいな」

「僕らがお猿さんだった時代、常に飢えの恐怖と戦っていたから、本能はこういう食べ物を欲しているんだろうね」

「いえてる」


 食べながら話したせいで、アキラが盛大にむせている。


「ほら、水を飲め」

「うぇ……麺で窒息ちっそくするかと思った」

「無理すんなよ。お腹いっぱいなら、俺が卵を食ってやる」

「味玉はダメ!」

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