第323話

 今回の入試は、英語、国語、社会の順だった。

 出題文の中に誤記があり、試験スタッフが訂正のアナウンスをする、という一幕があった。


 難しかったのは日本史と世界史。

 正解できたのは半分くらいであり、時間が足りない! という結果に終わった。


 歴史は想定より難しかった、とアキラも語っていたから、気落ちする必要はなさそう。


「ふぃ〜、終わった〜。試験時間が長いと疲れるね〜」


 アキラが首にマフラーを巻きながらいう。


「だよな。集中しすぎて頭の奥がジンジンするぜ。あと肩と腰が痛い」


 チョコ菓子を取り出して、一粒アキラにあげる。


「サンキュー。ちょうどブドウ糖がほしかったんだ」

「どういたしまして」


 このまま帰ろうとしたら、アキラが出口とは逆方向を指さす。

 せっかく敷地に入ったのだから、少し見学していこうぜ、と。


「アキラは前にきたことあるの?」

「1回だけ。トオルくんに案内してもらった。だいたい覚えているから、今回は僕が案内してやる」

「頼むぜ、アキラ先生」


 しれっとキャンパス内を散歩する。

 今日のアキラは私服だから、知らない人からすると、ここの現役生に見えるだろう。


 まずは売店へやってきた。

 小さいスーパーのような空間に、弁当、パン、飲み物や、教科書とか文房具が並んでいる。


「大学生になったら、たくさん教科書を買わないといけないんだ」

「へぇ〜」


 ためしに一冊、手に取ってみた。

 著者は誰かと思いきや、ここの教授だった。


「大学の先生って、自分で教科書つくって、自分の生徒に買わせるんだな」

「そうだよ。わりとオーソドックスなやり方じゃないかな。教授といったら、何らかの分野の専門家だしね」

「教科書くらい、自分で書けるというわけか」


 1冊が4,000円くらいの本もある。

 卒業までに教科書代で何万円が消えるのやら。


 売店の次は図書館へ連れていってもらった。

 4階建ての建物があり、全部が図書エリアになっている。


「入るだけなら一般人でも許可されているはずだよ」

「自治体の図書館と変わらないな」


 新聞や雑誌のコーナーを見つけた。

 賢そうな顔した大学生が、賢そうな雑誌を開いて、熱心にメモしている。


「真面目な雑誌しかないな。マンガも置いてくれたらいいのに」

「争奪戦になるから無理だろうね」


 自習スペースがある。

 みんな熱心に勉強したり、パソコンで資料をつくっている。


 大学って勉強するところなんだな。

 当たり前の事実を再認識する。


 最後に連れていってもらったのは学食。

 カフェテリアスペースがあり、ここも部外者利用可らしい。


 壁のところに『テレビで紹介されました!』という張り紙がある。

 アキラと一緒にメニューをチェックしてみた。


「おおっ! 種類が多い! そして普通に安い!」

「和食も洋食も何でもあるな」


 醤油しょうゆラーメンが350円。

 ファミレスなんかより格段に安い。


「いまは南米料理フェアをやっているっぽい。いいな〜、お肉がおいしそう」


 受験でエネルギーを消費したせいか、アキラの腹の虫がぎゅるりと鳴る。


「2人で半分こしちゃう?」

「やめておけ。この後の飯、食べられなくなるぞ」

「ぐぬぬ」


 アルバイトの求人もある。

 時給は1,100円だけれども、東京なら普通かな。

 1時間働いてラーメン3杯くらい。


「こういう求人情報を見ていると、アルバイトしたくなるよね」

「わかる。アルバイトなんて、大学を卒業したら二度とやらないかもしれないし、挑戦してみたい気はするよな」

「リョウくんは勉強がてら、マンガ家のアシスタントをやったら? 東京だったら、いくらでも募集しているんじゃないの?」

「そうだな。氷室さんに相談してみるか」


 頭をよぎったのはレンの顔だ。

 それをアキラに告げなかったのは、お互いの作風が違うというか、足を引っ張りそうで怖いというか。


「大学生活、楽しみになってきた」

「俺もだよ」


 ここは高校なんかと違って、カラフルで自由なムードがあった。

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