第275話

「あれ?」


 レンが急にカバンの中をゴソゴソした。


「どうしたの? アキラとおそろいのアクセサリーでも落としたの?」

「そうじゃないけれども……」

「だったら、何だよ?」

「…………」


 レンの手が止まり、顔がみるみる青ざめていく。


「スマホ……なくした……」

「ああ」


 最後に見かけたの、アキラと密会したとき。

 ここに戻ってくるまでの間にロストしたらしい。


「学校の敷地内なら大丈夫だろう。すぐに誰かが拾って届けるさ」

「でも、あの中には私とアキちゃんの大切なやり取りが眠っているの⁉︎」

「いやいや、スマホなら毎日バックアップを取っているだろう」

「え〜と……そうじゃなくて……」


 なぜかレンは泣き出しそう。


「もしかして、バックアップしてないの? それとも、バックアップに失敗しているの?」

「なんかね……ストレージ容量が不足しています、みたいなメッセージが出ていたような、出ていなかったような」

「おい、ダメじゃん」


 神様はレンを見捨てなかった。

 放送席のマイクがONになり、


「休憩中のところ、すみません。本日何回目かわからない拾得物のお知らせです」


 スピーカーからアキラの声が降ってきた。


「スマホが1台、届いています。今日で一番の大物ですね。しかもこれ、最新機種ですよ。なんといっても、スマホカバー! 有名ブランドの本革なんです! いいな〜! カバーだけで2万円くらいしそうだな〜! 心当たりがあるブンジョワジーな方、今すぐ放送テントまでお越しください。あなたの大切なスマホが泣いています」


 ユニークすぎる呼び出しに、方々から笑い声が飛びだす。


「アキちゃん⁉︎」

「レン先生のスマホと知っていて遊んでいるな」


 どうする? レン先生?

 早く取りにいかないとダメージが大きくなるぜ。


「……取ってきて」

「はっ?」

「カナタ先生が私の代わりに取ってきて」

「いやいや、無理だろう」


 10万円以上しちゃうスマホなのだ。

 その場で指紋認証のチェックくらいされるだろう。


「だから、レン先生が取りにいくしかない」

「くっ……」

「嫌なの?」

「昔から目立つのは嫌いなのよ。賞状とかもらいにいくのも、大っ嫌いだったわ。とにかく、不特定多数の人に見られるのが苦手なの」

「お子様かよ」


 レンの体はプルプル震えており、とてもじゃないが、自分の性癖せいへきを全国に向けて発信している四之宮レンとは思えない。


「だったら、一緒にいこうぜ。俺ができる最大限の協力はそこまでだ」

「それも嫌だ。カナタ先生と一緒に歩いたら、もっと目立っちゃう」

「やれやれだぜ」


 アキラのアナウンスが再開する。


「おっと、電話がかかってきました! 竜崎さんという方から着信です! 心当たりのある方! 急いでください! 竜崎さんがあなたをコールしています!」


 くぅ〜〜〜!

 レンは、死期をさとった明智光秀みたいにがっくりした。


「僕が電話に出てみよっかな。そうしたら、落とし主の手がかりがつかめるかもしれません」


 わかったわよ!

 レンはそういって立ち上がった。


「カナタ先生、盾になって! 機動隊の防弾盾みたいに私をガードして!」

「お姫様かよ、ホント」

「いいから! 早く!」


 仕方なくギャラリーの視線からレンを守ってあげた。

 落とした人、見つかりました! という安っぽい芝居をしながら放送テントへ突っ込む。


「よかったです、落とし主が見つかって。次からは気をつけてくださいね、お嬢さん」

「はい……ありがとうございます」


 満足そうにするアキラの隣で、レンは死にそうなくらい照れていた。

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