第274話

 今年の体育祭も、無事には終わってくれないらしい。


 午後に入ったとき。

 聞き捨てならない噂が飛び込んできた。


 アキラが知らない女と楽しそうに密会しているのを、複数の女子が目撃したのである。


 話が拡散するくらいだ。

 よっぽどかわいい相手なのだろう。

 アキラと釣り合うような。


 は〜ん。

 なるほど。

 すぐにピンときたリョウは、例の女の子を探しにいった。


 知らない女=他校の女、と考えて間違いない。

 親密そうにしたら噂になっちゃうことくらい、アキラなら理解しているくせに、わざわざ会ったということは、それだけ向こうが重要人物ということ。


 候補が1人だけいる。

 真相を確かめるべく、リョウは来客者用テントへ向かった。


「いたいた」


 さらさらした黒髪の持ち主。

 天才マンガ家の四之宮レンである。


 今日は花柄のワンピースを着ており、サングラスで隠れた顔を、扇子せんすでパタパタとあおいでいる。


「あら? 誰かと思えば……」


 レンはサングラスを少し浮かせた。


「それ、変装のつもり? 逆に悪目立ちしてない?」

「紫外線をカットして、商売道具の目を守るのが、主たる目的よ」

「ふ〜ん」


 リョウはくつを脱いで、レンの横に腰を下ろした。


「どうやって学校に入ったんだよ? もしかして不法侵入? というか、マンガの締切は大丈夫なの?」

「ちゃんと正規の手続きを踏んでいる。カナタ先生に心配される筋合いはない」


 レンは入場許可証を見せてくれた。

 本名である十束とつかレンの名前が記載されている。


 レンの左手に握られているのは双眼鏡オペラグラス

 放送テントにいるアキラをずっと観察しているらしい。


「さすがアキちゃん。格好いいからモテモテね。普段、どんな様子なのか知りたかったから、とても満足よ。ルックスがよくて、話がおもしろくて、性格が王子様なんて、まさに完ぺきな存在よね。神様がこの世につかわした贈り物よ」

「いまアキラは噂になっているけどな。校外に彼女がいるんじゃないかって」

「もしかして、カナタ先生、私に嫉妬しているの?」

「俺じゃない。嫉妬しているのは他の女子」


 するとレンは、悪女みたいに口を三日月にした。


「でも、事実よ。私とアキちゃん、そういう仲だもの。だって、互いのファーストキスを捧げあった関係だから。アキちゃんがこの世で一番好きな女性は私。残念でした〜」

「レン先生らしい嫌味が聞けて安心したよ。でも、気をつけろよ。アキラとキスした話、うちの生徒にバレたら生きて帰れないかもしれない」

「ふん……その程度の脅しに屈する四之宮レンじゃない」


 双眼鏡をのぞくレンの顔つきが、にわかに険しくなった。

 放送テントにいるアキラと、アンナ&キョウカが親しそうに会話している。


「なっ……あの女たち……私のアキちゃんに気安く触りやがって」

「イライラすんなって。世間話しているだけじゃねえか」

「あいつら、誰なの? アキちゃんの何なの?」

「クラスメイト。心配するな。あの2人、アキラ以外の恋人がいるから」

「ああ……カレシ持ちね」


 レンがほっと安堵あんどのため息をつく。


「カレシ持ちの女なら許す。私の敵になることはない」

「サイコレズだよな、本当……怖すぎるだろう」


 話はリョウたちの借り物競走にも及んだ。


「耽美だったわよ。目の保養にちょうどよかった。あんなに嬉しそうなアキちゃん、レアだわ」

「そりゃ、ど〜も」

「このあとのカナタ先生の出番は?」

「ないね。あとは閉会式を待つだけだ」

「ふ〜ん」


 レンは双眼鏡で戦国武将のパネルを見ている。


「この学校の美術部、腕のいい絵師がそろっているわね。甲冑かっちゅうの描き方とか、なかなか玄人くろうとはだしよ。私のアシスタントに1名ほしいくらい」

「レン先生が素直に他人を褒めるなんて珍しいな」

「良いものは素直に良いというわ」


 リョウは、そうそう、と話題を変えた。


「レン先生の学校も体育祭とかあるんだろう。招待されたら俺でも入れるの?」

「えっ?」

「女子だらけの体育祭なんだろう? お金払ってでも観たいね」

「うわぁ……笑えない冗談ね。カナタ先生が招待された日には、うら若き乙女たちを視姦しかんした罪で捕まるわよ」

「なんでそうなるかね」


 レンが楽しそうにしているから、まあいいか、とリョウは思った。

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