第256話

 コンコンコン! と卵を叩く音がした。


 ぐちゃり!

 割るのに大失敗したのはアキラ。

 からから飛び出した卵白が、スライムみたいに垂れまくっている。


「あぅあぅ……」


 リョウはフライパンを洗ってれた手をぬぐいながら苦笑いする。


「ほれ、俺が割ってやるから。アキラは砂糖とミルクを取ってきてくれ」

「うんにゃ。バターとハチミツは?」

「よろしく頼む」


 トオルとキョウカは、早朝のビーチをお散歩している。

 2人が帰ってくるまでに朝食をつくっておく作戦なのだ。


 メニューはフレンチトースト。

 アキラの発案なのだが、肝心の本人は眠くて眠くて戦力にならない。


「あいたたた……」


 自分で自分の足を踏んで痛がっている。

 すごいな、天才かよ、一周まわって器用すぎる。


 卵にお砂糖とミルクを足してかき混ぜる。

 アキラが火傷すると可哀想なので、リョウが焼くのを担当した。


「おおっ! おいしそう!」


 こんがりキツネ色になったパンを見て、ようやくアキラの意識がフル覚醒かくせいしてくる。


「僕がバターとハチミツをってもいい?」

「おう、任せた」


 鼻歌を歌いながら塗り塗り。

 見た目のおいしさが一気に跳ね上がった。


「うはっ! アニメとかに登場する、フレンチトーストらしいフレンチトーストだ!」


 パチパチパチと2人で拍手。


 そういや『食パン』は日本で発展した文化だよな。

 本場はフランスパンを焼くのかな。

 あとで調べてみるか。


「さっそく、毒味せねば!」

「おい、食い過ぎるなよ。アキラは食が細いんだから」

「大丈夫だって!」


 リョウの警告なんてどこ吹く風。

 腹ペコの犬みたいにムシャムシャ食べている。


「うま〜。こりゃ、追加で5枚くらい食べられるよ」

「あとで腹痛を起こしても知らんからな」


 4人分を焼き終えたとき、トオルたちが戻ってきた。


「お、香ばしい匂い」


 トオルはTシャツにハーフパンツというラフな格好をしている。

 狼みたいにフサフサの髪の毛が、海風のせいでペタッと寝ていた。


 キョウカは胸元があいたワンピースを着ている。

 朝からけしからん、高校生らしからぬ色気がムンムン。


「むむむ……」


 アキラは何をするのかと思いきや、


「そいや!」


 キョウカの胸をつかんだ。


「きゃ⁉︎」

「おお、偽乳にせちちじゃない。天然物だ」


 その頭にリョウはチョップしておいた。

 セクハラ親父かよ、と。


「じゃ〜ん!」


 キョウカが開栓かいせんしたのは瓶詰めのフルーツミックスジュース。

 液体がトロッとしており、飲む前からおいしいと確信できるやつ。


 うまっ!

 一口飲んだリョウは、つい叫んでしまう。


「なにこれ!」


 あまりの味わいに、アキラなんか目ん玉が飛び出そうになっている。


「あ〜、フルーツを丸呑みしている感じだ〜」


 トオルの評価も上々だったので、キョウカは嬉しそう。


「それにしても、神楽坂さん、よく実家がOKしてくれたね。男がいるメンバーと一泊二日の旅行だなんて」


 リョウがいう。


「いやいや、女子会って嘘ついてきたよ」

「えっ? そうなの?」

「じゃないと、お泊まりなんて無理無理」


 アンナに口裏を合わせてもらったらしい。

 女子メンバー4人で勉強合宿やります、と。


「自由恋愛が禁止されているなんて、神楽坂さんも大変だね」

「そうなんだよ。だから早く独り立ちしたいの」


 朝食のあと、4人で遊ぶことになった。

 トオルくんも少しは僕の相手をしろ! とアキラがクレームをつけたからだ。


 昨日、外の物置きを掃除していたとき。

 国民的ボードゲーム、人生ゲームを見つけた。


 お札やピンはそろっている。

 家が行方不明になっているが、遊ぶ分には問題なさそう。


「これってどうやって遊ぶの? 双六すごろくかしら?」

「えっ⁉︎ 神楽坂さん、人生ゲームを知らないの⁉︎」

「し……知らないわよ! 悪いかしら⁉︎」


 いつもはお調子者のキョウカが、めずらしく慌てている。


「本当に日本人? もしかして、イギリスで育ったとか? 人生ゲームを知らない日本人なんて、ハリー・ポッターを知らないイギリス人くらいレアな存在だよ」

「はぁ⁉︎」

「さすがお嬢様」


 宗像のくせに生意気だ!

 そういってバシバシ叩かれた。

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