第244話

 アキラは喜ぶリアクションの名人だ。

 本屋を出発して、リサーチしておいた喫茶へ連れてきたときも、


「すごい! すごい! すごい!」


 と3回連呼していた。

 何がすごいか不明だけれども、そんなことは昨日の空模様と同じくらい些末さまつなことだった。


 昭和の香りが漂っている木製のドアを開ける。

 カウンター席が8つと、テーブル席が12あり、アンティーク調の家具がいくつか配置されている。


 天井から電車の振動が降ってくる。

 この上をJRが走っているのだ。


 そんなノイズでさえ、おしゃれなカフェの中にいれば、心地よいBGMに思えてくる。


 お好きな席へどうぞ、といわれたので、カウンター席に腰かけた。

 マスターからメニュー表をもらう。


「ど〜れ〜に〜し〜よ〜う〜か〜な〜」


 サイフォンがポコポコと音を立てている。

 理科の実験でお世話になったフラスコに似ている。


「撮ってもいいですか?」


 アキラが携帯のカメラを立ち上げながら質問する。


「ご自由にどうぞ」


 リョウも写真を撮らせてもらった。

 いつかマンガの役に立つかもしれない。


「むむむ……どんな仕組みなんだろう。ここで水が加熱されて、上にのぼっていって……あれ? また下に戻ってくるんだっけ? ということは、いったん火を止めるのか?」


 リョウはコーヒー抽出の流れを説明した。


「ペーパードリップと違って、専用の布フィルターを通るだろう。だから、コーヒーオイルが残るのが特徴だ。コーヒー本来のアロマやフレーバーを楽しめる」

「おおっ! なんか詳しい!」


 すると、マスターが寄ってきた。


「若いのに、よく勉強されていますね」

「ああ、実はマンガで習いまして。思いっきり付け焼き刃ですけれども」


 隠すことじゃないので打ち明けておく。


「ほう、コーヒーを題材にしたマンガですか。初耳です。いや〜、カフェの経営者としては嬉しいですね。若者のコーヒー離れは、いつの時代も深刻ですから」

「おもしろい作品なのですが、マイナーなのがちょっと残念で……」


 かわいい女の子が出てくるやつだ。

 そっちの情報は伏せておく。


 まだ注文していないことに気づき、コーヒーを2杯オーダーした。

 サイフォン式は時間がかかるので、アキラとマンガ談義することに。


「リョウくんも、擬人化のマンガを描いてみたら」

「ちょっと考えてみたことはある。自分の専門分野がないと、連載を続けるのはキツいイメージだな」

「慎重派だな〜。ダメ元で描いたらいいのに。必要な知識なんて、後から付いてくるものだろう」


 擬人化はリョウも好きだ。

 ヒットする作品は本当によく練られている。


「僕はあれが好きだな。赤血球とか、白血球とか、擬人化したやつ。血小板ちゃんがかわいいやつ」

「意外にマンガアニメに詳しいんだな」

「えっへん」


 あの作品のどこが好きなのか訊いてみた。

 お色気とか抜きに、内容で勝負しているところ、と返ってきた。


「たしかに擬人化とお色気って、セットになっている作品、まあまあ多いよな」

「競走馬のやつとかね」


 アキラが、ヒヒーン! と鳴く。


「このご時世、俺はどんな擬人化を描けばいいと思う?」

「リョウくんは、ニャンコを描くのが上手いだろう。それを活かさない手はない」

「う〜ん」


 ネコ娘かニャンコ娘みたいな題名にされそう。


「企画書を氷室さんに出してみない? 僕が下書きするからさ」

「勘弁してくれよ。思いっきりパクリ作品じゃないか」

「いや、パクリじゃない。猫と競走馬は違う」

「そうかな」


 主人公はアメリカンショートヘア。

 愛称、アメショちゃん。


 6歳くらいの女の子。

 髪の毛はツートンカラー。

 黄色い目がチャームポイント。

 猫耳と尻尾が生えている。


 ノートを広げて、さっそくラフ画を描いてみた。


「リョウくん、うまっ! とりあえず、氷室さんに見せよう。この企画が10年後くらいに活きるかもしれない」

「しゃ〜ね〜な」


 リョウたちのやり取りを、カフェのマスターは微笑ましそうに見守っていた。

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