第223話

 最終リハからアキラが戻ってきた。

 リョウはえんぴつを置いて、テストで0点をとった子どもみたいにねている恋人に、席を勧める。


「どうした? うっかり転んで、エミリィー先輩の衣装を破いたのか?」

「そんなヘマはやらない。ちゃんと褒められたよ」

「へぇ〜、やるな」


 バンザイして飛び跳ねても許されそうなのに。

 喜色を外に出さないのが、アキラらしいというべきか。


「ステージに立つの、久しぶりだろう。人物と人物の距離感とか、難しいだろう。すると、トオルくんが視線で誘導してくるわけね。もっと近くとか、そこで止まれとか」

「トオルさんにフォローされたから、気に入らないってこと?」

「うむ」


 リョウはネーム用のノートを畳んだ。


「なにか飲み物買ってくるよ。どれを飲みたい?」

「じゃあ、アイスミルクティーで」


 買ってきたグラスをアキラの前に置いた。

 お疲れさまでした、と。


「そんなことより、リョウくんのマンガは進んだのかよ?」

「まあまあだな。描きかけだけれども、読んでみるか?」

「いいだろう、僕が感想を述べてやる」


 リョウが20時間くらいかけて描いたアウトプットを、アキラは20秒くらいで読み終わる。


「えっ? この子、胸が大っきくない? Gカップくらいあるよね?」

「仕方ない、巨乳が売りなんだ。俺の趣味じゃないから安心しろ。俺はアキラのスリーサイズをリスペクトしている」

「アホか〜」


 アキラがとあるページを指さす。


「これ、僕の真似だ」

「猫アキラの真似だ。持ちネタをパクらせてもらった」

「あっはっは。こんなのでいいの? こうして見ると、すごくバカっぽいな」

「いいんだよ。氷室さんにも褒められた」

「それは、すごいことだ」


 ヒロインの胸がデカすぎる点以外、指摘らしい指摘はされなかった。


「そうそう、これをもらった」


 アキラがチケットを2枚置く。


「最終リハと一般公開のあいだに、身内向けの公演をやるんだってさ。会場に3割くらいお客さんを入れて」

「俺が観にいっていいの?」

「うむ」

「また、アキラがステージに立つってこと?」

「今のところ、エミリィー先輩が出る予定なのだけれども……」


 アキラは周囲をキョロキョロして、声のボリュームを落とす。


「今日の感じだと、僕が出ることになるかも。いまトオルくんが上の人にプッシュしている」

「やったな。すごいな。偉業だな。前からアキラのことを天才だと思っていたけれども、これで疑う必要がなくなった。アキラは天才だ」

「そうはいっても、エミリィー先輩の足首を気にしての措置なんだけどね。僕が劣化エミリィーであることには変わりない」


 チケットは2枚ある。

 つまりもう1枚は……。


「アキラのお母さんを呼ぶのか?」

「いや、そっちはトオルくんがチケットを渡す」

「じゃあ、神楽坂さん?」

「家の都合で泣く泣く」


 残る候補は……。

 1人しかしない。


「まさか、四之宮先生を呼ぶの?」

「その予定。レンちゃん、観にきたいってさ」

「へぇ〜」


 大丈夫なのかな。

 人気上昇中だから、イレギュラーな仕事をたくさん抱えているような。


「レンちゃんと会いたくないの?」

「いや、むしろ会いたい。キャラクターの描き方について、質問したい。でも、本当にやってこれるのかな」

「大丈夫。レンちゃん、僕がデビューした姿を見るためなら、原稿を一回落としてもいいってさ」


 全然大丈夫じゃねえ⁉︎

 氷室さん経由で竜崎さんが泣きついてくるパターンだ。


「お前、悪魔だな」

「そうかな?」

「だと思う」

「でも、レンちゃん大興奮していたよ」

「だから、悪魔なんだよ」


 まあ、いいや。

 レンのことだ。

 命を削ってでも、原稿を間に合わせるのではないだろうか。


「あれにリベンジしたい」

「ん?」

「牛丼チャレンジ。具材2倍に、卵2個に、サラダ付けるやつ」

「いやいや、アキラは吐くだろう」

「今ならいける。僕が成長した姿をリョウくんにも見せてやる」


 どうやら、進化したのは演劇のテクニックだけじゃないらしい。

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