第177話

 いよいよ本日のクライマックス。


「アキラ、よかったら我が家へこないか。バレンタインの恋愛あるあるについて雑談しよう。俺に創作のヒントをくれ」

「うわっ⁉︎ すごい口実だな⁉︎ リョウくんらしいけれども⁉︎」


 アキラはあっさりOKしてくれた。

 雪がちらつく道を、肩を並べながら歩いていく。


「リョウくんのご両親は?」

「母さんがいる」

「いるんだ⁉︎」

「空気を読まない人だから。きっと、アキラの顔を見たら喜ぶ」

「へぇ〜」


 アキラが調子っぱずれの口笛を鳴らした。

 めずらしい。


「どうした?」

「いや、なんでも……」

「ん?」


 まさか……。

 なんかイチャラブなことを想像している⁉︎


「リョウくん、そういう目で僕を見るのはやめなさい。今日は平日だから、化粧けしょうがテキトーというか、全身のケアが甘いのです。この状態でリョウくんのお母さんに会うのは、いささか恥ずかしいのです」

「心配すんな。十分かわいいから」

「あのね……」


 アキラが『あのね……』を口にするとき、8割くらいの確率で喜んでいたりする。

 ずっと一緒にいると、表情のウラが見えたりするものだ。


「ただいま〜」

「あら、リョウ、遅かったわね」


 キッチンで夕食をこしらえていた母は、半月ぶりのアキラを目にして、まあ、と頬っぺたに手を当てた。


「お邪魔します」

「アキラちゃん、いらっしゃい。ゆっくりくつろいでいってね」


 母にぐいぐい手を引かれる。


「ねえ、リョウ、お母さん、出ていった方がいい?」

「いや、家にいていいよ」

「でも、バレンタインだから来てくれたのよね? その箱、チョコレートでしょう」

「そんなに長居はしないから」


 母を振り切ってからリョウの部屋へ。

 後ろ手にドアを閉めて、はぁ、とため息をもらす。


 しくじった〜。

 親がいない方がよかった〜。

 なんか、アキラ、萎縮いしゅくしたみたいに体育座りしちゃっているし……。


「飲み物をとってくる。なんか欲しいものは?」

「できれば常温の甘くないやつで……」


 お茶のペットボトルがあったので、グラス2つと一緒に持って帰る。


「ほらよ」

「ありがとう」

「…………」

「……」


 あれ?

 急に元気がなくなった?


「ごめん……リョウくん」

「どうした? まさか体調不良か?」

「本当は隠していたかったのだけれども」

「おう……」

「実は今日……」


 アキラは泣きそうな顔になったあと、


「……のどが痛い」


 と罪を告白するようにもらした。


「風邪なの?」

「そうじゃなくて、バレンタインの日だから。一年で一番じゃないかってくらい、女の子と会話するだろう。ちょくちょく喉スプレーでケアしていたけれども……」


 ええっ⁉︎

 女子と会話しすぎて痛いってこと⁉︎


「それに今日は空気の乾燥がひどくて……」


 アキラがそれ以上しゃべらないよう、リョウは手で待ったをかけた。


「ごめん! 気づかなかった! あと、もうしゃべるな。言いたいことがあったら、携帯のメッセージで教えてくれ」


 アキラは携帯をポチポチする。


『リョウくんとおしゃべりできなくてゴメン……』


 くはっ。

 気持ちは嬉しいけれども切ない。


「のどあめほしいか? 母さんにもらってくるけれども」


 アキラは体育座りのままポチポチ。


『もらえると助かります』


 大袋ごと持ってきて、ゴミ箱と一緒にアキラの近くに置いてあげた。


 アキラがキュッと笑う。

 声は出ていないけれども。

 なんか幸せそう。


 ピコン!

 今度は『僕の頭をナデナデして』と送られてきた。

 犬のお腹をなでるみたいに優しくこすってあげる。


 うりうり〜。

 今度はアキラから頭を押しつけて甘えてくる。


 これは楽しい。

 声のないコミュニケーションって新鮮かも。


『リョウくんは今夜もマンガを描くの?』


 リョウからも携帯で返事することにした。


『学校の宿題が終わったら描く』


『えらいね。毎日続けているんだ』


『プロの先生って、毎日描くだろう』

『そんで、俺はプロに追いつきたいだろう』

『プロより劣る俺たちが、休むわけにはいかない』


『おおっ! 正論だ!』


『俺もアキラの考えに染まったな』


『えへへ……』


 アキラは声に出して笑ったあと、ゲホッ! ゲホッ! とむせる。


「なんか……すまん」


 ブンブンブン!

 リョウくんは悪くないよ、と首を振っている。


『まだ雪って降っている?』


 リョウはカーテンをめくってから、


「さっきより強くなっている」


 と返した。

 アキラも窓辺に寄ってくる。


『リョウくんのお母さん、おでんを調理していたね』


「少し食っていくか? 自慢じゃないが、うちのおでんは中々おいしいぞ」


 アキラの喉がごくりと鳴る。

 それからメッセージを打ったり消したりしたあと、


『タマゴが食べたい!』


 と送ってきた。

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