第171話

 バレンタインが近づいてきた。

 無性にチョコを食べたくなるのは、お菓子メーカーの戦略だろうか。


 でも、リョウは決めている。

 アキラがくれるまで、基本、チョコは口にしない。


 空腹と一緒。

 我慢すれば我慢するほど、おいしくなるはず。


「ちょこれいと〜♪ ちょこれいと〜♪ 恋する少女の魔法〜♪」


 ここはリョウの部屋である。

 アキラがベッドでくつろぎながら歌っている。


 なんかエロいな。

 服装はオーソドックスなワンピースだけれども。


 そうか!

 黒タイツをはいているんだ。


「どうしたの、リョウくん?」

「アキラ、エロいな」

「にゃにゃにゃ⁉︎」

「黒タイツ」

「ああ……」


 アキラがワンピースのすそをちらりとめくった。


「黒タイツ、エロいの?」

「個人的には、エロいと思っている」

「それはエロいと思うリョウくんの頭がエロいのではないだろうか?」

「なっ……」


 ド正論だな。

 リョウはショックでペンを落とした。


「どう? 今日のマンガの調子は?」

「悪くはない……悪くはないのだが……なんか物足りない」

「僕が応援歌を歌ってあげようか」

「そうだな」


 リョウは腕組みをした。


 魅力的な女の子を描いてきて。

 それが氷室さんからの要求。


 安直だけれども、ちょいエロは魅力の一つである。


 黒タイツか。

 せっかく実物があるんだし、マンガに取り入れてみるか。

 ポーズを工夫するとなると……。


「実は、アキラにお願いしたいことがある」

「なにかね?」

「黒タイツに触ってもいい?」

「にゃにゃにゃ⁉︎」

「ほら、手で触れた方が、二次元に落としやすいだろう」

「くぅ〜……3秒だけだぞ」


 メッチャ嫌そうな顔を向けられる。

 これはこれで需要じゅようがありそう。


 さてさて、問題はこの先。

 どこを触らせてもらう? 太もも? ふくらはぎ? 土下座してお願いしたら、両方触らせてくれたりするのかな。


「ほら、さっさと触れよ」

「そうじゃなくて……こう……ムードがほしい。俺としては、アキラの演技力が見たい」

「はぁ⁉︎」


 アキラが目を白黒させる。


「男の子にタイツを触らせるって、どういうシチュエーションなんだよ!」

「いまそれを考えている」

「むむむ……」


 こほん、こほん。

 アキラはせきをしてから、天使のように優しい笑みを浮かべた。


「ほら、リョウ、おタイツの時間ですよ」

「おタイツの時間⁉︎」

「今日のノルマを達成したご褒美ほうびです」

「最高かよ!」


 ドキドキしながら手を近づけてみた。


「太もも、触っていいの?」

「ええ、もちろん」


 羽でなでるように優しくタッチ。


 すごい、アキラの髪みたいにスベスベしている。

 弾力があって、温かいから、そこだけ別の生き物みたい。


「ふくらはぎも触っていい?」

「もう、ワガママさんですね。触ってもいいですが、マンガのノルマ、1時間追加ですよ」

「らじゃ〜っす」


 ふるえる指先でなぞってみた。

 お肉が締まっているから、太ももとは柔らかさが違う。


「は〜い、終了です」

「うぅ……切ない」

「どうなの? 新しいアイディアはひらめいた?」

「おう、アイディアが降ってきた。降ってきたのだが……」


 アキラにポーズをとってほしい。

 両手を合わせてお願いすると、思いっきり嫌そうな顔をされた。


「そうそう、その顔。それでワンピースの裾をたくし上げてほしい」

「はぁ⁉︎ いったい、どういうシチュエーションなんだよ⁉︎」

「勝負に負けた女の子が、罰ゲームで恥ずかしいポーズをやらされるっていう」

「エロマンガ家になる気か⁉︎ リョウくん、本当に変態だな!」

「マンガ家にとっては褒め言葉だ」

「くぅ〜」


 アキラは顔を真っ赤にして、ワンピースに手をかけた。


「膝上20cmくらいで静止してくれると助かる。あと目つき。虫ケラを見下すような表情で頼む」

「なかなかマニアックだな。60秒につき50円くらい課金してもらうからな」

「かまわん。真理を追究するには、代価がつきものだ」


 アキラは美人だから、ドSっぽい構図がハマりまくり。


「いいよ、さすがアキラ、天才かよ」

「褒めたってバイト代はまけないからな」

「俺だけの専属モデルになってくれ。傑作を描くと約束しよう」

「まったく、仕方のない男だな」


 アキラの演技力に思いがけない形で助けられた。

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