第155話

「ねえねえ、リョウの彼女って、かわいいんでしょ」


 リョウは口の中のコーラを吹きそうになった。


「はぁ⁉︎」

「お母さん、自慢していたよ、リョウが愛らしい恋人さんを連れてきたって」

「あのね……恋人じゃないのだけれども……」

「女友達? でも、特別な子なんだよね、アキラちゃん」


 なんだよ。

 もう名前を知っているのか。


「普段、なんて呼んでいるの?」

「……アキラだよ」

「やだ〜、呼び捨てじゃん。それってもう恋人だよ。それで向こうは?」

「……リョウくん」

「いいね、いいね、青春だね」


 むずかゆくなったリョウは、


「カナミは彼氏とかいないの? 服飾系の大学なら、イケイケの男子とか多そうだけれども」


 無理やり話題を変えた。


「え〜、大学で恋人つくるとか、ないない。将来は二人とも激務で薄給でしょ。破綻はたんするのが目に見えているね」

「そうなんだ」

「もし結婚するなら、お父さんみたいな人が理想だな〜。しっかりとした会社に勤めていて、3年に1回くらい転勤があるから、私もいろんな土地に住むの。将来的には、ショッピングモールの婦人服売り場とかで、まったり働きたいかな〜」


 カナミは昔から現実的だな。

 バイト経験は多いに越したことがない! とかいって、高校生のときから働いていたし。


「アキラちゃんとどうやって仲良くなったの?」

「別に……普通に仲良くなったよ。同じ時期に引っ越してきて、住んでいる場所も近かったから」

「ああ、変な時期に転勤になったもんね、お父さん」


 とても恥ずかしいな。

 姉に向かって、アキラのエピソードを話すの。


「アキラちゃん、お嬢様なんでしょ。お父さんがお医者さんなんでしょ。ちゃんとお嫁さんにきてくれるかな。やっぱり、庶民とは感覚が違うのかな」

「本当に普通だよ。人当たりのいい性格をしている。この前だって、誘われてボランティアにいったし」

「リョウがボランティアか〜。だとしたら、ナイチンゲールみたいな女の子だね」


 アキラのことを根掘り葉掘り訊かれた。

 わりと困ったのが、


「リョウのどんなところが好きなんだろうね」


 という質問。

 むしろリョウが知りたい。


「思い当たる節とかないの?」

「そうだね……」


 1個だけあるな。

 マンガを描いているリョウを見るのが好き、みたいなやつ。


「え〜、ロマンチックな女の子だな〜」

「そうそう、リアリストのカナミと違って、アキラは夢みがちなんだよ」

「なるほど、だからリョウもマンガをがんばるんだね。あっ! そうだ! クリスマスは一緒に過ごしたの?」

「いちおうプレゼントをもらった」


 手編みのマフラー。

 そのことをカナミに伝えると、


「少女マンガの主人公みたいな女の子だね」


 とニコニコしている。


「アキラは心が清らかなんだ」

「リョウだって、ピュアな性格しているもんね」

「いいだろう。ひねくれた性格していたら、ひねくれたマンガしか描けなくなる」

「あっはっは。たしかに」


 カナミはビールを飲み干すと、あ〜あ、と天井をあおぐ。


「いいな〜、リョウは。高校生のときに運命の人……かもしれない女の子が見つかって。それって、とってもラッキーなんだよ。私くらいの歳になると、時々、孤独感にさいなまれるんだよ。この22年間、何個かチャンスを見送ってきたけれども、本当に正しかったのかな、みたいな」


 リョウはコップにお茶を入れてあげる。


「まだ22歳じゃん。むしろ、これからでしょ。それにカナミの性格なら、組織で重宝されそうだし」

「そうだ! これからだ! 私は仕事に生きてやる!」


 カナミは昔から明るくて、前向きで、がんばり屋で、エネルギッシュだった。


 そんな姉のことを、リョウは尊敬している。

 直接、言葉にしたことはないけれども。


「もう眠い……もう動けない……私をお風呂に入れて……」

「いやいや、追い焚きしてあげるから。そこは自力で入りなよ」

「リョウのいじわる……昔はあんだけ可愛がってあげたのに……リョウが3歳くらいの頃、私が体を洗ってあげたんだよ。お風呂の中でおしっこ漏らしてね、ぷぷ、思い出したら笑っちゃうな」

「あのねぇ……その話、絶対にアキラの前でするなよ」


 リョウはやれやれと首を振った。

 お風呂の追い焚きボタンを押してから、新しいバスタオルを脱衣所に置いてあげる。


「あっはっは」

「急にどうした?」

「楽しみが増えたと思ってね。リョウとアキラちゃん。うん、これから楽しみ。ありがとね、リョウ」

「……変なの」


 カサカサした大人の手が、リョウの頬っぺたに触れた。

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