第130話

 今回の映画はラブストーリー。

 この道40年のベテラン監督が、30万部くらいヒットした小説を、実写化した作品である。


 主人公は難病を抱えている女子高生。

 ヤクザ崩れの男を訪ねて、200万円の報酬と引き換えに、女の子の『やりたいことリスト』を次々と実現させてもらう、みたいなストーリー。


 最初は何となく協力していたヤクザ崩れだったが……。

 女の子の病名が、母の命を奪った病気と一緒だと知り、心境に変化が起こる、という展開だ。


 この手の話は、ラストで、ヒロインが死ぬか、運よく助かるか、好みが分かれるところだと思う。


 今回は後者だ。

 海の向こうで奇跡的にドナーが見つかって、クラウドファンディングで資金を集めて、手術を受けにいった。(ちなみに、出資者の第一号は、ヤクザ崩れの200万円。その話がSNSで拡散して、あっという間に目標金額が集まった、という筋書き)


 クライマックスは手術の日。

 ヤクザ崩れは、生まれて初めて、神様に祈る、という行為をする。


 女の子は難病を克服した。

 ヤクザ崩れも堅気かたぎに戻った。

 教会で結婚式を挙げて、めでたくハッピーエンドである。


「私、メッチャ感動しました〜!」


 ユズリハが涙ぐんでいる。


「日本映画の底力を見た気分だよ!」


 アキラの目の下にも、光るものがある。


「不破先輩って、映画で泣くんですね⁉︎」

「うんうん。この歳になると、涙腺るいせんがゆるくてね」

「あはは、おじいちゃんみたい」


 2人には100点の映画だったみたい。

 一方、キョウカは、


露骨ろこつに泣かしにきている感じがな〜。お涙ちょうだいって、話がワンパターンなんだよ〜」


 あまり琴線きんせんに触れなかったようだ。

 すると、アンナがすかさず反発する。


「え〜、普通におもしろかったよ。ねえ、須王くんもそう思うでしょ?」

「おう、男がいいやつで、応援したくなった」

「だよね、だよね。回想シーンとか、鳥肌が立ったよね」


 クラスメイトの会話を横目に、リョウは携帯のメモ帳を立ち上げた。

 忘れないうちに良かった点を書き残しておかないと。


 キョウカは『話がワンパターン』といったけれども……。

 裏を返すと、使い古されたネタでもヒットさせるわけだから、原作者、監督の手腕がすごいってことだ。


 手術費を集める手段として、クラウドファンディングの話を持ってくるところとか。

 今を生きる世代に刺さる物語って、こういう小技をつかうのが上手い印象。


「宗像先輩、それってネタ帳ですか?」


 ユズリハがひょっこりと顔をのぞかせてくる。


「その前段階だね。ゴチャゴチャした情報を、あとでネタ帳に整理する」

「宗像先輩も、ああいうラブストーリーを描きましょうよ! 優しい絵柄が似合いますし、絶対にヒットしますって!」

「う〜ん、チャレンジする価値はあると思うけれども、ストーリーが小説的だからな」


 氷室さんの受け売りをいってみる。


「おお! プロっぽいです!」

「俺の悪いクセなんだ。ストーリー展開にこだわりすぎて、話のおもしろさを犠牲にしちゃうの」


 映画のあとはショッピングモール内のカフェにいった。

 キョウカが人数分のタダ券をもっていて、差額を払えば、ブレンドコーヒー以外にチェンジできる。


 リョウとミタケは普通のブラック。

 アキラとユズリハは100円追加してカフェラテを、アンナとキョウカは250円くらい追加して、長ったらしい名前のドリンクを注文していた。


「もうすぐ学園祭だね〜」


 アンナがしみじみとした口調でいう。


「女装コンテスト、うちのクラスからは不破くんが出るよね。だったら、今年の優勝は確実だね」


 アキラがゲホゲホとむせた。


 まさか忘れていたのか、女装コンテストのこと。

 キョウカから釘を刺されたの、夏休みに入る前だし。


 人前でも怯まないよう、かなり特訓してきたが……。

 だから大丈夫……のはず。


「本当に僕が出ないとダメ?」

「うん、他に相応ふさわしい人がいないよ」

「ネタ枠として、リョウくんか須王くんが出場するとか」

「おい!」


 リョウとミタケの声が重なった。

 キョウカは腹を抱えて笑い出す。


「この2人はあり得ないっしょ! 会場の空気が凍りつくね!」


 いつもは優しいアンナも、


「不破くん、この世にはいっていい冗談と、いったらダメな冗談があるんだよ」


 と説教した。


「すみません……」


 しょぼくれるアキラ。


「やっぱり、不破先輩が女装されるのですか? 一年生も応援しますね!」


 ユズリハが瞳をキラキラさせていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る