第121話

「だから、俺たち、ちゃんとした恋人にならないか」


 とうとう告げた。

 この半年間、胸に隠してきた一言がいえた。


 1年と4か月くらい続いた友情はいったん終わり。

 これからは愛情を育んでいきたい。


 男らしく、堂々と、リョウは想いのすべてをぶちまけた。


「ありがとう。僕だって、リョウくんのことが好きだよ」


 アキラが抱きついてくる。

 優しい香りに心がポカポカする。


「だったら……」

「でも、その前に……」

「ん?」

「ほら」

「ああ……」

「せっかく、素敵なムードなんだから」


 キス、とか。

 思い出づくり、したいよね。


「いいのか?」

「……うん……ヘタだけれども、それでもよければ」

「俺だってヘタだよ」


 ちょこんと唇を重ねた。

 2回目は、たっぷりと7秒くらい、恋人のちぎりを結んだ。


 全身の血管がバクバクと脈打つ。

 すげぇ、女の子の唇って柔らかい。


「うぅ……こんなのでいいのかな?」

「たぶん。正解は分からないけれども、普通に気持ちよかった。中毒になりそう」

「ダメだ、キスしたら、リョウくんと離れるのが辛くなってきた」

「おい、アキラ」

「おじゃま虫。このままリョウくんに抱きついていたい。旅行が終わるまで、ずっと」

「ワガママだな」

「うむ」


 アキラが泣きそうな顔になっている。

 嬉しすぎて泣きたい、てやつかな。


「リョウくん、ごめんね、変な女の子で」

「なんでアキラが謝るんだよ」

「だって、学校では男子の格好をしているし」

「一番苦労しているのはアキラだろう。だから、ごめんとかいうなって」

「うぅ〜。その手のセリフをもらうと、返事に困っちゃうんだよな」

「おう、悪い」

「はぁ、いつもリョウくんを困らせてばかりだ」

「気にするなって」


 リョウは時刻をチェックする。

 タイムリミットがそこまで迫っている。


「あのね、リョウくん」

「どうした?」

「いや……ええと……」

「遠慮はするなよ。何でもいってくれ」

「あのね、怒られるのを承知でいうけれども」


 恋人になろうって話。

 いまのアキラは受けられない。


「ものすごく情けない理由なんだ。僕は、リョウくんが側にいると、ボロが出やすいんだ。きっと、リョウくんを好きなのが原因なんだ。これ以上好きになったらマズいって、ブレーキを踏んでいるくらいなんだ」


 だから、恋人になっちゃうと、ボロを連発する。

 学校のみんなに正体がバレるかもしれない。


「かわいい理由だな」

「こっちは真剣なんだぞ! また転校とか、リョウくんと別々の高校に通うとか、それだけは避けたいんだ! ……ていう、僕のワガママ」


 アキラを抱き寄せて、おでこにキスをした。


「あぅ」

「わかった。卒業式の日、もう一回アキラに告白する。それでいいかな?」

「うん……卒業の日がきても……僕のことが好きだったら……告白してください」

「どうしてアキラが泣くんだよ」

「だって、嬉しいもん」


 大粒の涙がリョウのジャージに染みをつくる。


 あ〜あ。

 卒業の日に告白か。

 それまでリョウが我慢できるかな。

 何かの記念日とかに、うっかり告白して、またアキラを泣かせそう。


 でも、いいや。

 アキラの本音が聞けただけで、今日は大成功なのかもしれない。


「ごめん、俺はそろそろ戻らないと。本当ならホテルまで送り届けたいけれども」

「大丈夫、すぐそこに見えているホテルだから」


 アキラが唇を押さえてモジモジした。

 二人の視線が空中でクロスする。


「おやすみのキス、する?」

「うむ」


 おやすみ。

 からの軽いキス。


「バイバイ、リョウくん、今日のことはちゃんと日記に書いておくから。告白してくれてありがとう。こんな僕を好きになってくれて、本当にありがとう」


 アキラは一度振り返ると、投げキッスをしてから、軽やかに去っていった。

 一人残されたリョウは、雪が降りそうなくらい寒い夜空を見上げる。


「やべぇ、けっきょく、ホテルから脱走しちゃった……恋は盲目だな」


 帰り道でキョウカと合流した。

 向こうもニヤニヤしている。


「どうした、宗像。アキラちゃんとキスしたのか?」

「まあね。今年の運勢、使い切っちゃったかも」

「にゃはは〜、やりますな〜」

「そういう神楽坂さんは?」


 表情を見た感じだと、成功したっぽい。


「トオル様にね、頭をナデナデしてもらったよ。あと、キョウカちゃんは特別な女の子、一緒にいて楽しい、ていってもらった」

「やるな〜」

「あと、アッちゃんのことをよろしく頼む、とも」


 部屋の真下まで戻ってきた。

 リョウ、キョウカの順で2階に侵入する。


「神楽坂さん、今日はありがとう」

「なんで宗像が礼をいうんだよ。私たちはフェアだろう。持ちつ持たれつ」

「それでも、ありがとう。思い出が一個増えたから」


 キョウカは片頬だけで笑うと、


「おやすみ、また明日ね、風邪ひくなよ」


 と言い残して去っていった。


 開けっ放しの窓を閉めてから、ベッドに寝転がる。

 きっとアキラもキスの感触を思い出しているのかな、と密会の余韻よいんを楽しんだ。

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