第112話

 もし連載するなら……。

 やっぱり、リョウとしては……。


 受賞作でトライしたいです!

 そう伝えようとしたら、アキラが、


「今回は『恋愛相性1%の僕たち私たち』で勝負してみます!」


 身を乗り出しながら答えた。


 お〜い!

 勝手に決めちゃったよ、この子!


「カナタ先生もそのつもりでいいかな?」

「ええ、もちろん」


 お茶を一口飲んでから、ふぅ、と息を吐く。


 よかった。

 意見が一致していて。

 アキラって、決断のスピードが異常だしな。


「当たり前ですが、この作品には思い入れがあります。さっき氷室さんに指摘されたポイント、直せるところは直して、連載用のネームを仕上げてみます」

「うん、苦労すると思うけれどもがんばって」


 氷室さんは一回うなずいてから、より具体的なアドバイスをくれた。


「カナタ先生の作品はね、ストーリーが小説的なんだ。1話だけの読切ならいいけれども、連載を目指す以上、ディテールのおもしろさを限界まで追求しないといけない。ここまでは理解できるかな」

「はい、わかります」


 要するに、バトル系やスポーツ系よりも、ハラハラドキドキを演出するのが難しい。


「でも、カナタ先生なら、できるかもしれない。そっちの才能があるかもしれない」


 根拠はある。

 リョウのインプット。


 映画。

 ドラマ。

 小説、ライトノベル。

 少年マンガ、少女マンガ。

 ゲーム、そして、リアルの学校生活。


「その人が描いたマンガを読めば、普段、どんな生活をしていて、どんなインプットをしているのか、伝わってくる。カナタ先生ほどバランスがいい10代のマンガ家はめずらしい。たとえば……」


 折田ジューゴや佳作の受賞者たち。

 インプットが少年マンガに偏っている。


 すると、どうなるか?


 少年マンガのお約束に縛られる。

 その結果、ストーリーの選択肢が限られてしまい、平均点みたいな作品が量産される。


「ヒットする少年マンガって、往々にして少年マンガらしくないだろう」

「そうですね。女子ウケする少年マンガと、男子ウケする少女マンガがヒットするイメージです」

「この業界の永遠のパラドクスだよ。どのマンガもターゲット層を決めて出版するのだけれども、ヒットするか否かは、ターゲット層の外側が握っている」


 う〜ん。

 たしかに。

 一番本を買うのは30代の女性ってデータもあるしな。


「その点、カナタ先生が描くキャラクターは……」


 氷室さんは原稿をパラパラとめくった。


「少年マンガと少女マンガの中間って感じだよね。あるいは、映画の登場人物みたいな。痛々しいキャラ設定とか、控えめだし。ああいうの、15年くらい前のトレンドだからさ」


 氷室さん。

 わりと毒舌だな。


「毛色が違うってことは、この業界だと、武器になりうる。あと個人的には、少年マンガばかり読んでるやつが描いた少年マンガと、ラノベばかり読んでいるやつが書いたラノベに、お金と時間を割きたくないね」


 アキラも、うんうん、と賛成している。


「あの〜」


 リョウはそっと茶封筒を取り出した。


「とりあえず、連載用のネームは描きます。それとは別に、3作ほど読切を描いてきました。氷室さんのお時間のあるときに目を通して、電話かメールでいいので、アドバイスをくれませんか?」

「ちょっと待って、ちょっと待って……3作? いつから描いたの?」

「新人賞向けの原稿ができた次の日からです」


 茶封筒をひったくられる。


「自信がある順に並んでいます! あと、最後のやつは、途中までしかペン入れしていなくて、半分くらい下書きのままです!」

「…………」


 管理人とか、家庭教師とか、義妹とか。

 テーマはヒット作からパクっている。


「高校に通いながらこれを描いたの?」

「はい、公募に落ちていたら、まとめて持ち込む予定でしたから」

「へぇ〜」


 氷室さんはもう一度原稿に目を通したあと、


「カナタ先生は、遅くて丁寧なタイプじゃなくて、そこそこ早くて、まあまあ丁寧なタイプか」


 独り言のようにいった。

 プロから本音を引き出せたことに、内心でガッツポーズする。


「リョウくんは連載マンガ家の仲間入りを果たせると思いますか?」


 デリケートな問題に触れたのはアキラ。


「できるよ。地力があるから。むしろ、できない方が異常だよ。3年後か、5年後か、時期はわからないけれども、一緒に連載をつかみ取ろう。ただし、どの業界にも共通することだけれども、プロデビューした後の方が大変だから。ちなみに、高校卒業後の進路は?」

「関東の四大に進むつもりです」

「それがいい。ベストだ」


 マンガ一本でいくのか。

 兼業マンガ家になるのか。

 大学を卒業するまでに決めましょう、と言葉をかけてもらった。


 なんかワクワクしてきた。

 夢だったものが一気に近づいてきた。


「ちなみに、マンガ家としての目標はある? 誰を尊敬しているとかでもいいけれども」

「あります!」


 とアキラ。


 あっ⁉︎

 まずい⁉︎

 リョウは慌てて口をふさごうとしたけれども、


「二人で協力して、四之宮レンをぶっ倒します!」


 と周りに聞こえるくらいの大声で宣言した。


 ざぁ〜〜〜と冷や汗が出てくる。

 氷室さんなんか、目を丸くしちゃっているし。


「四之宮レンって、『斬姫サマ!』を描いている、あの四之宮レン先生?」

「そうです! ボコボコに打ち負かしてやりたいです! 正直、折田ジューゴのことは、仲間ともライバルとも思っていませんから!」


 おいっ!

 こらっ!


 そういう野望って、胸に秘めておくものじゃないの⁉︎

 それとも、本気で勝てると思っている⁉︎


 自重しねえな。

 この助手ちゃんは。


 氷室さんが反応に困っていると、


「私のレンちゃんに勝つのは難しいわよ〜」


 という声が真後ろから聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る