第109話

 カリカリカリカリッ……。

 テスト中、こっそりアキラの様子を観察してみた。


 最初の20分。

 熱心に問題を解いている。


 指回し体操っていうのかな。

 文章を練るとき、親指同士がぶつからないようクルクルさせるのがアキラの癖だ。


 すべての問題が解けたら、5分かけて見直し。


 おっ⁉︎

 答案用紙をひっくり返した!

 問題を解く以上のマジメさで何かを書いたり消したりしている。


 もしかして、ポエムなのか?

 猛スピードで親指グルグルしているし。


 そういや、リョウも昔は描いたな。

 テスト用紙の裏にイラストを。


『織田信長の顔がものすごい似ている』

 とかいわれて、小学校の先生から花丸をもらったっけ。


 テスト終了3分前。

 アキラが、よしっ! といってガッツポーズした。

 しかも、声が出ちゃったものだから、


「不破くん、どうかしましたか?」


 なんて教師に訊かれている。


「いえ、問題が解けただけです」

「そうですか? ですが、静かにしてください」

「スミマセン」


 ぷぷっ!

 悪目立ちしてやんの。

 アキラは赤面しつつ、口元を隠している。


 テスト中に、よしっ! て……。

 どんだけかわいいんだよ。

 妄想人間め。


 それから1週間が経ち、いよいよ答案の返却日がやってきた。


 まず須王ミタケ。

 今回は赤点をギリギリ回避したっぽい。


「よかったな、キング、今回は補習がゼロで」

「まあな……引退した3年生からキャプテンに指名されたし、チームの柱が補習で部活を休むようじゃ、1年生にも示しがつかないっていうか」


 へぇ〜。

 それでテスト勉強をがんばったわけか。

 青春だな。


「宗像って、マンガに時間を割いているわりには、勉強もそこそこできるよな」

「まあ、そこそこの点数だが……」

「なんか秘訣があるのか?」

「ある。というか、情けない点数を取ったら、アキラに叱られる」

「なんだ、そりゃ……」

「けっこう効くぞ。親に叱られる5倍くらい効く」

「もしかして、宗像って、不破と同じ大学を目指しているのか?」

「なんだ、悪いか?」

「いや、悪くないけれども……不破ってクラストップだし」

「キングだって、毎年バスケの全国大会を目指しているだろう? 県代表になりたいんだろう?」

「まあな」

「それと一緒だよ」


 部活で全国大会にいけたら楽しい。

 大学の志望校に合格したら楽しい。


「楽しいからがんばる。とても自然な感情だと思う」

「宗像、お前って、おもしろいこというな」

「誰かさんの受け売りだけどね」


 アキラの方をチラ見した。

 体育祭のリレーの一件があって以来、ミタケとは仲良くやっている。


「アンナはどうだった?」

「じゃ〜ん! 夏休み、塾の夏期講習にいった甲斐がありました!」

「へぇ〜、すごいじゃん」

「あれ? キョウカはいつもより冴えない?」

「う〜ん……三連休とか、遊びすぎちゃったかも」


 こっちは雪染アンナ&神楽坂キョウカのコンビ。

 どうやら今回の2位はキョウカか。


「珍しいね。よっぽど楽しいことがあったんだ?」

「まあね、あっはっは」


 すると必然、今回の1位は……。


「うおっ!」

「不破、すげぇ!」

「うそ! 100点が4枚も⁉︎」

「羨ましい〜。1枚交換してほしいな〜」

「勉強もできて、爽やかイケメンとか、最強かよ!」


 たくさんの男女からチヤホヤされているのはアキラ。


 100点が4枚か。

 会心のデキってやつかな。


 アキラはリョウのところへやってくると、


「何点だったか、見せ合いっこしよ〜」


 と猫なで声で迫ってくる。


 アキラの古典は100点。

 答案をひっくり返すと……。


 おっ⁉︎

 短歌だ!

 しかもアキラのオリジナル⁉︎


「お前、天才かよ……」


 古典の先生からは『大変よくできました』のコメントと共に100点をもらっている。


 表面100点、裏面100点って……。

 斬新すぎるな、合わせて200点とか。


「余裕だな、おい」

「むっふっふ」


 横合いから手が伸びてきて、アキラの答案を奪われた。

 なんとキョウカだった。


「どれどれ〜……春すぎて、雪は消えまじ、香炉峰こうろほう、言はで思ふぞ、言ふにまされる、て……これは清少納言の心情を詠んだ歌かな? それとも中宮定子? 春すぎて、は蜜月の終わりか〜! そして、消えない雪を、永遠の愛に見立てたんだよね〜! きゃはは〜! 不破キュン、女心がわかってる〜! もしかして、前世は平安貴族の娘かな〜?」

「ちょっと! 返してよ!」

「奇遇だね〜。私も源氏物語より枕草子派だね〜」

「ああっ! もうっ! 恥ずかしいだろ!」


 答案はキョウカの手から別の女の子の手へ、さらにアンナの手へと渡った。


 ポッ。

 どの子もアキラの妄想にメロメロ。


 こいつ、天才か?

 生まれる時代を1,000年間違えたとか?


「言はで思ふぞ〜! 言ふにまされる〜! 私も不破キュンみたいな美男子から恋歌をもらいたいですな〜!」

「や〜め〜て〜!」


 そして放課後の部室。


「あ〜あ、本当にひどい目にあったよ」

「今回、アキラに1位を奪われたから、意地悪したくなったんだろう」

「それね……」


 机にぐったり伏せていたアキラが、ムクッと顔をあげた。


「そうだ、リョウくん、次の日曜日は空いてる?」

「空いてるが……どうした?」

「ボウリングにいこうと思うんだ」


 メンバーは4人。

 リョウ、アキラ、キョウカ、トオルさん。


「もしかして、アキラ……」

「いわないでくれ、リョウくん……」

「神楽坂さんの成績を下げるために、わざとテスト明けのボウリング大会を企画したな」

「ぐはっ⁉︎」


 恋をするとIQが20くらい下がるっていう。

 しかし、そこまでするか、普通。


「そんなに勝ちたかったの? というか、実力でも十分狙えただろう、1位」

「念には念を入れるのがポリシーなんだ。妥協はしない」

「うわっ……執念だな……」


 トオルとのデートが楽しみで仕方ないキョウカは、本来の実力の80%しか出せませんでした。

 アキラが楽々と1位の座を手に入れました。


 というのが今回の中間テストの真相である。


「だって……だって……1位がほしかったもん!」

「はいはい、泣くなって」

「1位にならないと、本か、猫カフェか、どちらか一方を我慢する運命が待っていたんだ! 命の次に大切なものを失いかねない!」


 おい⁉︎

 金かよ! 金欠かよ!

 アキラって、本とか猫が絡むと、腹黒いっていうか、余計な知恵をつかうよな。


 リョウがため息をついたとき、携帯が揺れ出した。


「あれ? 知らない番号だ」


『03』から始まるってことは……。

 東京の会社だろうか?


「これは⁉︎」

「まさか出版社から⁉︎」


 新人賞の結果がきたかも!

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