第108話
すべての学生の試練。
中間テストがやってきた。
『リョウくんは創作に専念してね!』
応援してくれるアキラの気持ちは嬉しいけれども……。
あ〜あ。
学生の本分って、勉強だよな。
運がないな〜。
冷泉シキ先生に会って、せっかくモチベーションがMAXなのに。
マンガのやる気のピークと、テスト期間が重なっちゃう、という謎すぎる法則が今回もばっちり発動しちゃった。
でも、マンガは毎日描いている。
勉強 ⇨ マンガ ⇨ 勉強 ⇨ マンガ ⇨ 勉強
みたいなサイクル。
なぜかって?
1日でもサボると腕が思いっきり鈍るから!
リョウの体感だと、
1日サボる ⇨ 画力が10%ダウン
3日サボる ⇨ 画力が20%ダウン
みたいな感じ。
四之宮先生も同じだろうか?
もし出会うチャンスがあったら、プロの意見も聞いてみたい。
「リョウくん、ちゃんと寝てる?」
「大丈夫だ。がんばって6時間は寝るようにしている」
「うむ、ならばよろしい」
テスト1日目の電車。
リョウはノートをめくって、覚えてきた英単語を再チェックしていた。
「なんで勉強するんだろうな。将来、役に立つとは思えないし」
「青春らしい悩みだねえ〜」
「モチベーションを上げるのが難しいんだよ。マンガと違って」
「それは僕だって一緒だよ」
「そうなの?」
「でも、テストで良い点を取るとスカッとするから。ゲーム感覚でやっている」
「アキラはいいよな。ちょくちょく100点取るから。俺なんて、最後に100点取ったの、いつだっけ? て感じだし」
「あっはっは……」
アキラが本のページをめくる。
『
すげぇな。
趣味で枕草子を読む高校生、はじめて見たよ。
「僕だって、勉強に大した意味はないと思っている」
「そうなんだ?」
「でも、リョウくんが大企業の採用担当だとするだろう。使い勝手のよさそうな新入社員がほしくないかい?」
「まあ、そうだな」
この仕事になんの意味があるんっすかね〜?
とか、いちいち質問してくる生意気なやつは要らない。
「それと一緒。学歴っていうのは、使い勝手のいい人間を選ぶためのシステムなのさ」
「マジかよ」
「だいたいね、どの会社も、20歳前後の若者に
黙っていわれたことをやる。
最低限のコミュニケーションをとる。
組織を裏切らない、犯罪に手を染めない。
「勉強ができる人間は、使い勝手がよさそうだろう」
「けっきょく、ステレオタイプな生き方が無難ってことか」
「そうそう。あとは上手にサボる訓練だね。大人の目を盗んで、効率よくサボる。僕が体育をサボタージュするみたいに。自分のための時間を死守する」
「堂々とサボっているじゃねえか……」
リョウはやれやれと首を振った。
猫みたいなやつめ。
「おもしろいのか、枕草子?」
「おもしろい。古典の先生は、枕草子のことを、清少納言の日記といっていたけれども……いや、随筆、つまりエッセイというのが定説だけれども……」
アキラいわく、妄想とか創作に近いらしい。
「特に清少納言と中宮定子さまのエピソード」
「定子さまって……藤原のお姫様?」
「そうそう、一条天皇の中宮になられた方」
アキラはそっと本をとじた。
「これはゆる〜いGL本だよ」
「はっ⁉︎」
「清少納言と中宮定子さまのラブラブっぷりが随所に出てくるからね。日本最古のGL作品、いや、下手したら世界最古のGL小説が、枕草子というわけさ。藤原道長との政争に敗れて、陰に陽にイジメられた二人は、離れ離れになっちゃうのだけれども、その後の手紙のやりとりが何とも感動的でね」
けっきょく、定子が24歳で
清少納言は美しかった日々を書き続けた。
たぶん、最愛の定子のために。
「それが1,000年の時を経て、僕の手元にある。愛のパワーは偉大だろう」
「おう……」
「テスト勉強をやっていると、どうしても僕の魂は、1,000年前の平安京にワープしちゃうのさ。そのくらいのラブパワーがある」
アキラはふたたび本を開いて、美しいおとぎの世界へ、心の旅をスタートさせる。
「1位をとれるといいな」
「ん?」
「夏休みの実力テスト、神楽坂さんが1位で、アキラが2位だったから」
「そうだったね。でも、全力を出した結果の2位なら、素直に受け入れるよ」
「そうなの?」
「もちろん」
あれあれ〜?
ライバル心むき出しだったような……。
前回なんて死にそうなほど悔しがっていたじゃないか。
おかしい……。
なんか秘密兵器を隠していそう。
「リョウくん、マンガ家デビューしたら、いつかマンガ版の枕草子を描いてよ! ほら、リョウくんって、少女マンガっぽい絵も描けるしさ!」
「売れるかな?」
「売れるに決まっているよ! 世界最古の百合作品って、帯に印字してもらったらいいんだよ! あの世の清少納言も笑って許してくれるよ!」
「最古の百合か。それなら興味を持つ人はいそうだな」
「冷泉シキのトークショーがあった日、僕は考えてみたのですけれども……」
読者のニーズを満たす。
これはマンガ家のミッション。
でも、新しいニーズを掘り起こすのも、マンガ家のミッションじゃないだろうか?
「市場のパイはどんどん
「ド正論だな」
マンガ版の枕草子、か。
アキラの期待に応えたいのは山々だけれども。
かなり骨が折れそう。
「ほら、駅についたぞ」
「ほぇ?」
「これから中間テスト」
「ああ……テストね……はいはい」
「試験中に魂を1,000年前の平安京まで飛ばすなよ」
「は〜い」
まるで緊張感のないアキラは、ふわあっ、と青空に向かってあくびした。
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