第105話

「お姉さん、高校生⁉︎ それとも、大学生⁉︎ 宗像のツレってことは、マンガを描くの⁉︎」

「ッ……⁉︎」

「宗像とは……その……男女の関係というか……キ……キ……キッスは済ませた仲でしょうか⁉︎ それとも……もっとこう……」


 ジューゴがグイグイ寄ってきて、恥ずかしいワードを連発した。


「リョウくん、この人、ハレンチだよ!」


 アキラは瞳に涙を浮かべながら、リョウの背中に隠れてしまう。


 まったく……。

 子どもマンガ教室でも、女子から嫌われていたっけ。

 折田くんって、本当にデリカシーがない! みたいな。


「やめんか、アキラが怯えているだろうが」


 リョウは手帳でトサカ頭をペチペチした。


「そうなの?」

「ものすご〜〜〜く震えている、折田のせいで」

「ウソだろ……俺……なにも悪いことやってないじゃん⁉︎」

「いやいや、出会って30秒の女の子に、もうキスは済ませた? みたいな質問するとか、100人に訊いたら100人がセクハラって答えるだろう」

「ぐっ……」

「お前は童貞ですか? て都会のど真ん中で訊かれたら、童貞ですって答えるのかよ?」

「隠すことじゃないだろう。別に、犯罪じゃねえし」

「この……バカ……」


 あ〜あ。

 頭の痛さが倍化した。


 別にね……。

 悪いやつじゃないんだよ。

 表裏がないだけで。


 あと、ジューゴのマンガ愛は本物。

 高校をやめたくらいだし。


 しかし、負けたのか?

 リョウとアキラの合同作品が?

 このデリカシーの欠片かけらもない男に?


 信じられん。

 急に胃がムカムカしてきた。


「宗像! 俺と勝負しろ! もし俺が勝ったら、その子と1日デートさせてくれ!」

「絶対にイヤだよ。発想がおかしすぎて話にならないね」

「そこは格好よく受けて立てよ! なあ、ヒーロー!」


 いつもは温厚なリョウも、イラッときた。

 気づいたときにはジューゴの胸ぐらを握っていた。


「たとえ1億円積まれても、アキラと他の男の仲は、絶対に取り持ってやらん」

「はぁ⁉︎ 1億円⁉︎」

「あと、折田にマンガで負けたとは、これ〜〜〜っぽちも思っとらん。あと5年か6年したら、部数も、評価も、俺の方が上だ」

「あっ〜! いいやがったな! まだ、デビュー前のくせに! このビッグマウスが!」

「折田だって、デビュー直後につまずいたヤローじゃねえか」

「上等だ! コラ! おもしろくなってきた!」


 ジューゴは親指を立てて、ほの暗い笑みを浮かべると、


「見ていてください、アキラさん、そんなオタンコナスより、俺の方が格上の男だってことを、実績で証明してやりますよ」


 アキラをますます涙目にさせた。


 すまねぇ、アキラ。

 男同士のバトルに巻き込んじゃって。


「さっさとプロの土俵に上がってこい、宗像リョウ!」

「上等じゃねえか、代表作が『転ホイ』の折田ジューゴ」

「お前はいま、全国に1万人いる『転ホイ』ファンを敵に回したぞ!」

「はぁ⁉︎ 実売部数なんて、せいぜい3,000じゃないですかね⁉︎」

「こんにゃろ〜!」


 ジューゴがグルルルルッとうなってくる。


「だいたい、異性と遊んでいるようなマンガ家志望は、二流か三流止まりって格言があるのを知らねえのか! ハングリー精神に欠けるんだよ!」

「そんなジンクス、初耳だね! そもそもハングリー精神で一流のマンガ家になれるなら、世の中にはもっと傑作マンガが溢れていると思いますがね!」


 リョウも負けじと威嚇いかくする。


「こいつ! 全国に4,000万人いるボッチを敵にしたな!」

「勝手に仲間を増やすなよ!」

「デクの坊!」

「トリ頭!」

「少女マンガ愛好家!」

「時代遅れヤンキー!」


 二人がギャーギャー騒ぐものだから、いつの間にかギャラリーの輪ができていた。


「あれが?」

「転ホイの折田って?」


 みたいな声が聞こえる。


 輪の中から一人。

 すっと進み出てきて、リョウとジューゴを仲裁した。


「こらこら、やめないか、君たち」


 この声……。

 まさか⁉︎


「ともに四之宮レンの背中を追う者、切磋せっさ琢磨たくまするのはいいが、若いエネルギーをマンガにぶつけるべきじゃないかい?」


 冷泉シキ先生!


 ポカンとするリョウたちを、迷いのない手つきで引き離した。

 目が見えているんじゃないかってくらい正確な動きで。


「驚いたかい?」

「ええ、まあ」

「心臓の音で、この場にいる人数と、相手の立っている位置がわかるのだよ」


 冷泉シキはそういって、リョウの肩を二度叩いた。


「君たちは若い。声にエネルギーがある。でも、レンくんの壁は高いよ。言葉でいうほど、彼女を超えるのは簡単じゃない」

「四之宮レンを知っているんっすか⁉︎」


 ジューゴがいう。


「知っているも何も、私はレンくんのお父さんの元アシスタントだからね。とても厳しい人だよ。仕事のことだと、人一倍厳しい。そんな父が娘の在学中プロデビューを認めた。いや、実力で認めさせた。だから、レンくんの才能は本物だろうね」


 場がシーンとなる。

 貴重なこぼれ話という気がするが……。


「ちょっと、冷泉さん、勝手に消えないでくださいよ! あなた、目が見えないのですから!」


 添木さんがパタパタと走ってきた。


「久しぶりに遠出したので、つい」

「そういって以前は迷子になったじゃないですか⁉︎」

「でも、親切な人がタクシーを呼んでくれましたよ」

「なぜか靴を両方とも無くしてましたけどね」


 子どもみたいに頬っぺたポリポリする冷泉シキを、添木さんは母親のように叱りつける。


「ああ、そうそう、この人、心臓の音で相手の立っている位置がわかる、みたいな妄言を吐きますけれども、真っ赤なウソなんで。鵜呑うのみにしてネットで拡散しないでください。小学生の読者さんとか、本当に信じちゃうので。そんな冷泉伝説、いらないので」

「ひどいなぁ〜。添木くんは〜」


 会場はドッと笑いの渦に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る