第95話

 体育祭の朝がやってきた。


 全身がソワソワする。

 これと似たテンション、過去にもあったな。


 陸上の大会があった日とか。

 学校のマラソン大会の日とか。


「リョウは競技に出るの?」


 母親が汚れたフライパンを洗いながらいう。


「借り物競走にね」

「いいな〜。お母さん、見学にいっちゃおうかな〜」

「小学生じゃないんだから。こなくていいよ」


 ご飯のおかずは、玉子焼き、ウィンナー、ほうれん草、アスパラの肉巻き。

 俗にいう、お弁当の残りというやつだ。


「お父さんも、昔、借り物競走に出たのよ」

「そうなの?」

「好きな人、ていうお題を引いてね。お母さんのところに走ってきたのよ」

「へぇ……お父さんらしいね」


 まさかの公開告白か。

 やるな、オヤジ。


「アキラちゃんは何に出るの?」

「アキラは出ない。ずっと裏方だよ」

「だったら、アキラちゃんの分もリョウが走らないとね」

「あのね……」


 いい歳こいて、よく恥ずかしいセリフを思いつくな、と口にしそうになった。


「リョウは足が速いから。女の子にモテるでしょう」

「いつの時代の話だよ。アキラの方が1億倍くらいモテるよ」

「男の子に?」

「女の子に」

「?」


 水筒に冷たいお茶を詰めて、いざ学校へ。


 アキラは30分前に出発している。

 救護所テント係の準備があるらしい。


 クラスに到着して、全員がそろったところで、決起集会をやった。


「我々は2年生だ! 1年生の良き模範となれるよう、3年生の良き後進となれるよう、全力のパフォーマンスを披露しよう!」

「おおっ〜!」


 快晴のグラウンドに出る。

 美術部の女生徒が30人くらい、体育館から出てきて、大きな木の板をセッティングしていた。


「うわっ!」

「今年はすごい!」


 特大パネルの幕が外される。

 パネルは1枚かと思いきや、今年はなんと4枚。


 北の玄武。

 黒チームの応援シンボル。

 添えられている四字熟語は『明鏡止水めいきょうしすい』。


 東の青龍。

 青チームの応援シンボル。

 添えられている四字熟語は『画竜点睛がりょうてんせい』。


 南の朱雀。

 赤チームの応援シンボル。

 添えられている四字熟語は『不撓不屈ふとうふくつ』。


 西の白虎。

 白チームの応援シンボル。

 添えられている四字熟語は『疾風迅雷しっぷうじんらい』。


 白虎が一番強そうじゃない⁉︎

 いやいや、赤チームの朱雀だよ!

 という声が聞こえた。


 どのパネルも個性があって格好いい。

 有望な1年がたくさん入ってきて、うちの美術部は、過去にないくらい層が厚いんだとか。


「すごい迫力だよね」


 アンナに声をかけられた。


「こういうのがあると、テンションも上がるな」

「宗像くん、ああいうの描けたりする?」

「描けるが……色のセンスは負ける」


 転校してきたころ。

 美術部に入ろうか迷っていた。


 アキラに出会ったのと、女を漁りにきたヤローと思われるのが嫌で、けっきょく見送ったけれども。


 リョウたちのクラスは赤チーム。

 太陽みたいに燃える朱雀のパネルを背に1日を戦うことになる。


 まずは開会式と準備運動。

 それが終わったら、アンナが所属する吹奏楽部のブラスバンド演奏。


 いくつか競技が終わり……。


『次の競技は、プログラム9番、借り物競走です』


 とうとうリョウの出番がやってきた。


「不破キュンに格好いいところ見せないとね〜」

「神楽坂さん、それ、プレッシャーだから」


 キョウカにバシバシと背中を叩かれながら、出走者の列へ向かった。


 げぇ⁉︎ 宗像が相手かよ⁉︎

 でも、借り物競走ならば、ワンチャンある!

 という視線をいくつか感じる。


 陸上をやっていたときの癖で、競争相手をチラチラと観察してしまう。

 こいつは速そうだな、調子が良さそうだな、とマークするのだ。


 一度に走るのは8人。

 黒、青、赤、白の各チームから2名ずつ。

 順位に応じたポイントが、所属するチームと、出走者のクラスに入る。


 リョウのクラスも、赤チームも、ここまでは上々の滑り出し。

 好調の流れをキープしたいところだ。


「位置について……」


 腰を落としたとき、リョウの中で陸上のスイッチが入った。


 バンッ!


 経験者と未経験者のもっとも大きな差。

 それはスタートダッシュにある。


「宗像!」

「はえぇ!」

「いっけぇ!」


 クラスメイトの応援を背中で聞いたとき、リョウは後続の7人をすでに引き離していた。


 中間地点にあるテーブルへ誰よりも先に到着。

 お題の書かれた紙を一枚引き抜く。


 よしっ!

 きたっ!


 一番欲しかったお題とは違う。

 でも、このお題ならば、誤差の範囲内といえるだろう。


 アキラと目が合った。

 リョウが向かったのは救護所テント。


「力を貸してくれ!」

「リョウくんのお題は⁉︎」

「学園一のイケメン!」


 ところが、アクシデントが一つ発生。


 ゲホッ! ゲホッ!

 すでにアキラの呼吸は乱れまくり。

 おでこには氷水の入った袋をのせちゃっている。


 もしかして?

 グロッキーなのか?

 怪我人を助ける係なのに?


「ごめん……すでに5回も借りられちゃって……ガス欠かも」

「ああ、なんだ」


 引っ張りダコというわけか。

 女子からすると、アキラと手をつないで走れるチャンスだから。


「でも、リョウくんのためなら、僕は走るよ」

「いや、いい。ガス欠なら平気」


 問答無用とばかりに、アキラの体を抱き上げた。

 ウェディングの記念撮影とかでやるお姫様抱っこのポーズである。


「ちょっと⁉︎ リョウくん⁉︎」

「飛ばすぞ。絶対に腕の力を緩めるなよ」

「君ってやつは……本当に型破りなんだから」

「でも、これが最適解だ」


 アキラはやっぱり軽いな。

 それを本人に伝えると、恥ずかしそうにモジモジ。


「でも、迎えにきてくれて、ありがとう」


 この瞬間、アキラはお姫様になった。


「優勝するぞ。二人で」

「うん」


 一部の女子から、キャー! という歓声があがったけれども、すぐに風の音にかき消された。

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