第92話

 割れんばかりの拍手が起こった。


 休憩を入れると3時間を超えるステージが終了。

 客席からは、ブラボー! ピューピュー! という賞賛が飛びまくり。


 演目は『蝶々夫人』。

 アメリカ人が書いた小説をもとに、大音楽家のプッチーニが舞台化した、1,900年くらいの長崎を舞台としたストーリー。


 リョウは一つ問いたい。

『1984年』とか『車輪の下で』とか。

 どうして名作というやつは、ラストで主人公に、ろくでもない死が待っているパターンが目立つのだろうか。


 いや、わかる。

 主人公が生きていると、空想する余地が生まれるしね。


 死=完結は、ある意味、正しい。

 あと、昔は現代より宗教がパワーを持っていて、死は悪くないもの、という価値観があったのかもしれない。


 だが……。

 しかし……。


「アキラ、笑わずに聞いてくれるか」

「どうしたの?」


 蝶々夫人みたいな話、描こうと思ったらリョウは描ける。

 でも、売れないマンガ家まっしぐらなのが目に見えている。


「悲劇と名作の関連性について、人生で10回目くらいの、思考の袋小路に入っている。ぶっちゃけ、マンガなんて、ハッピーエンドでなけりゃ99%売れないけれども、それは自分たちの左半分、見たくないけれども無視できない部分を隠しているのではないだろうか」

「それは、つまり……」


 アキラが指をくるくるさせる。


「蝶々夫人が思いの外おもしろかったと?」

「そう、それ」


 イタリア語だから、何しゃべっているのか不明だったけどね。


「バッドエンドなのにおもしろいって、ある意味、矛盾していないか?」

「矛盾しているね」

「アキラ的にはどう思う?」

「僕が思うに……」


 リョウくんって辛いものが好き?


 トウガラシにハマる人がいるだろう。

 激辛ラーメンとか激辛スナックの愛好家みたいな。


 でも、辛さというのは、せんめると、ただの痛覚なんだよ。

 お腹にグーパンチを食らうのと一緒。


 それが気持ちいい。

 脳内麻薬みたいなのがドバーッと出てきて、快楽に陥るからね。


 逆に、甘いものばかり食べていると、うんざりするよね。


 悲劇の味が分かる人というのは、トウガラシの味が分かる人と似ているんだ。

 脳内麻薬のドバーッを楽しむ、とても変態的な遊びなんだ。

 しかも、中毒性がある。


「シェイクスピアみたいな四大悲劇を書いた人は?」

「僕にいわせるとド変態だね。バッドエンドを楽しむという感覚が、すでに変態的なんだ。ここまでが、17歳の僕なりの結論です」


 アキラのこういうところ、好きだな。

 真顔でヘンタイ、ヘンタイ連呼するところ。


「周りを見てみなよ」


 リョウはキョロキョロする。

 お客さんの平均年齢が55歳くらいだと気づいた。


「明らかに日本人平均よりも高いよね。未成年なんて、僕たちくらいしかいない」

「つまり、人間、歳を取ると変態になるのか?」

「そういうこと。砂糖よりもトウガラシ」

「アキラはトウガラシが好きなの?」

「フィクションのトウガラシは好きだよ。リアルのトウガラシは苦手だけれども」

「ヘンタイだな」

「うむ」


 バトルマンガでも仲間は死んだりする。

 主人公のお師匠キャラとか、7割くらいは死ぬ。

 アキラにいわせると、あれもトウガラシらしい。


 たしかに……。

 格好いい死に方したな〜、とリョウが感動したシーンでも、ネット上では非難の嵐だったりするしね。


「リョウくんは、トウガラシが好き?」

「フィクションのトウガラシは好きだ」

「僕の独自データによると、トウガラシが好きな人が、基本、名作といわれる作品を残している」


 きゅ〜ん。

 アキラのこと、ますます好きになりそう。


 ふと横を見た。


「トオルさん、起きてください、トオルさん」


 キョウカがトオルの体を揺すっている。

 ふむふむ、こっちはトウガラシに興味がない側の人間か。


「リョウくん、あとでトオルくんに感想を訊いてみて」

「別にいいけれども……」

「ほぼ間違いなくこういうね。ラストの蝶々さんが自害するシーン、血に見立てた布がドバーッと飛んで、すごかったよな〜、と。小学生レベルの感想をさ」


 帰りの車の中で質問してみた。

 するとトオルが、


「ラストの蝶々さんが自害するシーン、血に見立てた布がドバーッと飛んで、すごかったよな〜」


 といったので吹きそうになった。


「あれ? なんでアッちゃんと宗像友人、笑ってんだよ」

「いや、失礼」

「トオルくんが単純だから」

「はぁ?」


 本日のフィニッシュは洋食レストラン。

 トオルがいい感じのお店を予約してくれたのだ。


「4人が集まった記念に」

「かんぱ〜い!」


 リョウはおいしい料理に舌鼓をうつ。

 白身魚のソテーを食べると、なぜかグルメマンガを描きたくなるから不思議だ。


 アキラは話題の中心になっていた。

 学校だと物静かなキャラで通しているけれども、本当はおしゃべり大好きな女の子。


 キョウカは憧れのアイドルとの会話を楽しんでいた。

 トオルも気さくな兄貴として場を盛り上げている。


「アッちゃんたち、もうすぐ体育祭なんだ」

「そうだよ。僕は見学だから、念願の読書ライフを満喫しているけれども」


 男子はソーラン節で、女子は創作ダンスをやる。


 実は、数年前まで女子もソーラン節だった。

 でも、ダサいからという理由で学園内投票がおこなわれ、創作ダンスにチェンジした経緯がある。


「キョウカちゃん、観にいっちゃおうかな」

「え〜、恥ずかしいですよ〜」


 デレデレするキョウカの真横で、アキラは含み笑いしている。

 楽しそうだな、おい。


「リョウくんも活躍してほしいな、チーム対抗リレーで」

「無茶いうなよ、俺はゴリゴリの文化系だぞ」

「でも、昔は陸上やってたんだよね」

「結果は散々だったけどな」


 陸上部か。

 そんな時代もあったな、とリョウは天井を仰いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る