第93話

 そして月曜日のHR。

 黒板には太い文字で『体育祭』と書かれていた。


「まず、体育祭の実行委員を決めます」


 各クラスから2名。

 男女で1名ずつ選出する、というのがルール。


「立候補したい、という人はいますか?」


 学級委員がクラスメイトの顔をじぃ〜と見回す。

 何名かの生徒がモジモジと迷っているが……。


「いなければ推薦ののち、多数決で決めようと思います。誰か? 志願してくれる人は?」


 1人が手を挙げた。


 アンナだ。

 私が実行委員をやります! と元気よくアピール。


「では、1人は雪染さんに決定と」


 男子たちの心が揺れはじめた。

 雪染さんと一緒なら俺がやろうかな、という本音が丸わかり。

 現金なやつらめ。


「立候補する男子は? いないなら雪染さんに指名してもらいます」

「僕がやります」


 手を挙げたのがアキラだったので、アンナの表情がぱあっと華やいだ。


「不破くん、一緒にがんばろうね!」

「うん、よろしく」


 人気の男女コンビに決定か。

 本当は女子×2だけれども。


 それからは出場する競技を決めていく。


 王道の対抗リレー、綱引き、障害物競走。

 変わったところだと、10人11脚とか。


 どの生徒も最低1つ、最大で2つの競技にエントリーするのが決まり。

 体力に自信がない生徒の名前は、必然的に、玉入れに集まる。


 男子リレーの出走者を選ぶとき。

 アキラに穴があくほど凝視された。


 リョウくん!

 君が手を挙げなさい!

 と視線でプレッシャーをかけてくる。


 リョウはあえて無視。

 数秒後、順当にミタケに決まった。


 そりゃね。

 最速のメンバーを送り出さないとチームに迷惑がかかるし。


 リョウは借り物競走にしておいた。

 こっちも意外と走るし、1位のクラスには高ポイントが入るから、悪くない人選といえよう。


「どうしてリョウくんがリレーに立候補しなかったのさ」

「無茶いうなよ。50m走のタイムなら、キングの方が上だ」

「でも、男子は1人200m走るだろう。それなら、リョウくんの方が速いじゃないか」

「1年前の俺ならね」


 陸上は高一の夏でやめた。

 1年以上のブランクがある体じゃ、200mはあまりにも長い。


「リョウくんに走ってほしかったな。須王くんじゃなくて」

「心配すんな。キングはスタミナがあるから問題ない」

「そういう意味じゃなくて……」


 いや、わかってる。

 アキラの期待を裏切るのは、いつだって辛い。


 でもね……。

 好きな女の子に格好いいところ見せたいから、俺がリレーに出ます、とはいえないだろう。

 小学生じゃあるまいし。


 そもそも、アキラ。

 男子生徒にカウントされているし。


「アキラだって、実行委員は大丈夫なのか? 意外に大変って聞くぞ」

「実行委員にならないと、僕は空気と一緒だからね」


 メッチャ心配なんだよな。

 変な役回りをもらってこないか。


 体育の時間になった。


 リョウはソーラン節の練習のため体育館へ。

 アキラは本を片手に保健室へ向かう。


 どっこいしょ〜♪

 どっこいしょ〜♪

 そ〜らん♪

 そ〜らん♪


 1年生のときもソーラン節だったし、振り付けがまったく変わらないから、けっこう楽チン。

 そういう意味だと、毎年曲が変わる女子の方が大変かも。


「うわ〜」

「きっつ〜」


 アンナも、キョウカも、体育のあとは汗をたくさんかいていた。


 そして放課後。

 アンナがトコトコと寄ってくる。


「この後、実行委員のミーティングがあるから。不破くんを借りるね」

「うん、アキラって天然なところがあるから。フォローしてくれると助かる」

「任せて」


 アンナが一緒なら問題ないか。


「天然とは失礼だな」

「事実だろう」

「むぅ。そのセリフ、絶対に後悔させてやる」


 アキラが半眼はんがんでにらんでくる。


「テント設営係とかに選ばれるなよ。アキラの骨が折れるからさ」

「バカにしやがって!」


 リョウは一人で部室へ向かった。

 マンガの続きを描きはじめる。


 昔から走るのは好きだった。


 野球、サッカー、テニス、バスケット。

 どの競技が一番走るかな、と考えたとき、走るだけの競技にすればいいと思い、陸上部の門を叩いた。

 あと、個人種目というのも肌に合っていたと思う。


 でも、やめた。


 きっかけは『日々何かを増やすのではなく、日々何かを減らしなさい、重要でないものを切り落としなさい』という格言に出会ったこと。


 頭にピコーンと電気がついた。

 マンガに専念したら、リョウの人生は楽しくなるかもしれない、と気づいた。


 あれから1年ちょっと。

 マンガの腕前は見違えるように上達した。


 プロも夢じゃない。

 このまま努力を続ければ、いつの日か、きっと。


 だから、陸上をやめたことは後悔していない。


 マンガは最高だ。

 時間をかけたら時間をかけただけレベルアップする。

 描きたいネタも泉のように湧いてくる。


 陸上は……。

 いや、湿っぽい話はやめておこう。


 自己ベストを一年間破れない。

 そんな状況で努力するのは、どの分野でもキツい。

 10代の一年間ならば、なおさら辛い。


 ふらっと体育館まで出向いてみた。

 ちょうど実行委員のミーティングが終わったところ。


 アキラがいた。

 女子と揉めている。


「だ〜か〜ら〜、僕が引き受けます!」

「ダメだよ、不破くん、気管支が弱いんだから」

「それは……その……事実だけど事実じゃないというか……」


 めずらしいな。

 女の子と口論するなんて。


 相手は誰だろう?

 と思いきや……。


「不破くんの握力が弱いのも、知ってんだからね! ペットボトルのキャップが開けられずに、宗像くんに助けてもらっているのとか!」

「それはデマ情報だよ! ペットボトルくらい、一人で開けられるもん!」


 えっ⁉︎

 アンナかよ!


「おいおい……語尾に、もん! は恥ずかしいだろう……完全に女の子じゃねえか……」


 二人を仲裁すべく、リョウは遠くから声をかけた。

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