第86話

「にしても、リョウくん、よく立証責任なんて難しい言葉を知っていたね」

「マンガに出てきたんだよ。高校生異能探偵団っていうやつ」

「ああ……冷泉シキだっけ? 盲目のマンガ家さんの?」

「そうそう」


 思わずニヤニヤしちゃった。

 まさかアキラの口から盲目のマンガ家という言葉が聞けるなんて。


「すごい人だよね。聴覚のない音楽家、ベートーヴェンみたいな」

「俺の中の神様だ」


 時おり、冷泉シキの偉大さを誰かに語りたくなる瞬間がある。

 誰だって一個くらい、この手の好き感情を持ち合わせているのではないだろうか。


「ほら、お茶だ」

「ありがとう」


 ここは部室である。

 もうすぐキョウカがくるはず。

 と思ったら、ドアをノックする音がして、


「ごめん、お待たせ」


 お土産の紙袋を手にしたキョウカが入ってきた。


「じゃ〜ん、これを頂戴してきました!」


 取り出したのは広島名物・もみじまんじゅう。

 たくさんのフレーバーが入っている。


 キョウカは果物ナイフをつかって、3人でシェアできるよう、手際よくカットしてくれた。


 まずは王道のこしあん味から。

 一口食べると、上品な甘さが口いっぱいに広がる。


 カステラみたいにふわふわの生地もデリシャス。

 授業で疲れた頭にスーッと活力が戻ってくる。


「う〜ん、おいしい」


 アキラが猫みたいに舌をぺろっとさせる。


「お茶が合いますな〜」


 キョウカはしみじみした口調でほっこり顔に。


「学校で食べるもみじまんじゅうが、この世で一番うまいな」

「リョウくんの意見に賛成だね」

「名言かよ」


 3人で楽しく笑った。


 チョコ味とか、クリーム味とか、抹茶まっちゃ味とか、イチゴミルク味も三等分した。

 どのフレーバーも甲乙つけがたいクオリティ。


「これ、誰かのお土産?」

「うん、広島に里帰りしていた人からね。毎年くれるの」


 さすが理事会メンバー。

 太っ腹なクラスメイトがいると、何気に得だな。


「もらっちゃって悪いな」

「みんなで食べた方が楽しいでしょ」


 すっかり上機嫌になったところで本日の議題。

 盆場チエルの怪しい動きについて。


「てっきり、アキラの美男子ぶりにホイホイ釣られたのかと思った。しかし、それだけじゃなさそうだな」

「ちょっと、リョウくん、その言い方は……なんか抵抗がある」

「でも、ヨダレを垂らしそうな顔だった」

「えぇ……」

「気をつけないと、お尻を触られるぞ」

「うはっ⁉︎」

「これはアキラに教えるか迷ったのだが……」

「なんなの? 教えてよ」

「聞いて後悔するなよ」

「もちろんさ」


 う〜ん。

 本当は打ち明けたくないが……。


「今度、写真をチェックしておけ」

「はぁ? 写真を?」

「アキラの顔の辺り、ムラサキイモみたいな色したルージュが、べっとりと付着しているから。油汚れみたいにさ。ブチュブチュブチュって、写真にキスしてんだろうな」

「うげげげぇぇっっ~! おぉげげげぇぇっっ~!」


 だよな……。

 知って後悔するよな……。


 私のかわいいプリンスちゃ〜ん、とかいって、写真のアキラにベタベタ口づけしているのだから。


 アキラは自分の唇をゴシゴシすると、


「無理やりキスされた気分だよ! 心臓が止まるかと思った!」


 涙目になって、ヤダヤダと首を振っている。


「もう逃げたい……メンタルが壊れそう」

「ホント、ゴミクズ人間ね。残りのもみじまんじゅう、全部持って帰っていいから。泣かない、泣かない」


 キョウカが姉妹みたいな優しさでナデナデしてあげる。


「そんで、神楽坂さんなら、なぜバクダン女がアキラに拘るのか、背景を知ってんじゃないかと期待しているわけです」


 キョウカは腕組みをすると、


「たぶん、トモエ叔母さんの弱味を探っているのね」


 と教えてくれた。


「理事長の弱味?」

「バクダン女も切羽詰まっているのでしょう。金銭面とか、金銭面とか、金銭面とか」


 なるほど。

 弱味を交渉カードにして、賃上げさせる、あるいはボーナスを支給させる作戦か。


 妖怪ババアが好きそうなやり口だ。

 ツラの皮が厚すぎて、虫唾むしずが走るというやつ。


「不破キュンには申し訳ないけれども、これはチャンスよ」

「バクダン女が近いうちに墓穴を掘るから?」

「そうそう。相手は鬼畜メガネだもの」


 頭が切れるトモエ理事長のことだ。

 このタイミングで罠を張りそう。


 やっぱり、不破アキラ=女の子、が鍵なのかな?

 それとも別の弱点があるとか?


 はっきりしているのは一点だけ。

 倉橋トモエ vs 盆場チエル

 この骨肉バトルも、そろそろ最終ラウンドってことくらい。


「とにかく、私たちは普段通りに過ごしていればいいと思う。間違っても、自分からバクダン女に接近して、アレコレ詮索しないようにね。平常心がもっとも強力な武器となる」

「俺たちと盆場チエルとの接触は、すべて理事長の耳に入っているのか? 昼間のアレとか?」

「もちろん」


 キョウカがこっそり録画して、トモエに送りつけたらしい。


「さすがキョウカお嬢様」

「このくらい当然よ」


 今日のミーティングは終了。

 部室の戸締りをして、職員室へ寄ってから、下駄箱を出たとき。


「不破くん」


 クールビューティーな声に呼び止められた。

 トモエ理事長だ。


 こっちへきなさい、と手招きしている。


「アキラに用だってさ」

「なんだろう」


 アキラはトコトコと駆け寄って、二言か三言だけ話して、すぐに戻ってきた。


「なんだって?」

「ただ呼んでみただけ、だってさ」

「はぁ⁉︎」

「いや、本当に。顔を見かけた。だから声をかけた。それだけだって」

「なんだよ。やっぱり、理事長はアキラがお気に入りかよ」


 ふと2階の窓を見る。

 怪しいオーラが漂っていると思ったら……。


 いた!

 盆場チエル!


 魚を狙うサギみたいな目つきで、リョウとアキラ、それからトモエ理事長を見下ろしている。


 リョウは手をピストルの形にした。

 バキュン! とチエルの脳天を撃ち抜く。


 すると向こうもリョウの挑発に気づいて、親指で首をなぞる仕草……昔の映画に出てきそうな首切りジェスチャーで反撃してきた。


 上等だぜ。

 コノヤロー。


「リョウくんって、ときどき向こう見ずだよね」

「ああいう女は、怒らせた方がボロを出すと、相場が決まっている」

「なるほど。それもマンガの知恵?」

「まあな。受け売りだけど」

「立派な応用力だよ」


 アキラが納得するように笑った。

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