第76話

 アキラの人格がスイッチした。

 19歳、女、大学生のオーラをまとう。


「あら? あなたは宗像くんのクラスメイトの……」

「はい、雪染アンナと申します」


 ど〜も、ど〜も、とあいさつ。

 お嬢様みたいな口ぶりだし、声も半オクターブ高くなっている。


「その人って?」

「雪ちゃんの知り合い?」


 アンナと一緒にいるのは、吹奏楽部のメンバー。

 同じ2年生だから、リョウも顔と名前くらいは知っている。


「この人はね〜、宗像くんの彼女さんなんだよ。大学一年生なんだって」


 3人のメンバーに衝撃が走る。


 そりゃ、そうだろう。

 宗像リョウとかいう得体の知れない男子、変な時期に転入してきて、ボードゲーム部に所属していて、マンガにしか興味がないようなやつが、女でも憧れるような美人を連れているのだから。


「ふぅ子さんはレンタル彼女だから。雪染さんには前にも説明したと思うけれども……」


 念を押しておいた。

 また一同に衝撃が走る。


「宗像くん、すごい!」

「それって年上の女性を囲っているってこと⁉︎」

「まだ高校生なのに⁉︎ ハンパねぇ!」


 アンナの友だちは大興奮。


「宗像くんは本気でプロのマンガ家を目指しているから。レンタル彼女もその一環なんだよ。女性の生態について研究しているんだよね」

「ちょっと、雪染さん、その言い方だと俺がヘンタイみたい……」

「天才とヘンタイは紙一重だよ!」

「おい……」


 ちくしょう。

 フォローになってねぇ。


 ふぅ子さんの給料はいくらなのか質問された。

 とっさの事だったので、良心価格で一万円、と思いつきで答えた。


 時給1,250円 × 8時間拘束

 そう考えたら十分すぎるくらい安い。

 たぶん、相場の半値のさらに半値くらい。


 でも、女子高生がそんな知識を持ち合わせるはずもなく、


「金に糸目をつけないとか!」

「宗像くんって、プチ富豪なんだね!」


 と冷やかされまくった。


「こんな美人さんだったら、他の男に取られたくないよね」

「いいな〜。やっぱり、大学生は違うな〜」


 いやいや……。

 本当の中身は高校生なのだが……。


「交通費は? 食事代は?」

「全部俺が出すよ」

「ここのチケット代も?」

「もちろん」


 まあ、嘘だけど。

 そんな感じで、宗像リョウは1日に4万円くらい散財するハンパねえ男子、という虚構フィクションが完成していくのである。


 アトラクションの順番が近づいてきた。

 リョウとアキラはこの日、最大の失敗を犯すことになる。


「こんにちは! 何名様ですか?」


 というキャストの質問に、


「え〜と、6人」

「6人です」


 と二人そろって答えてしまった。


「では、3名様ずつに分かれて3番と4番にお並びください」


 ぎゃぁぁぁぁ!

 痛恨のミス!


 アンナと仲良しだから、普通に混ざっちゃった。


 マズい。

 リョウはともかく、ふぅ子さんの口から6人です、は絶対にマズい。


 もしかして、バレちゃった?

 恐る恐るアンナを見てみると、


「じゃあ、私が宗像くんのチームに入ろっかな」


 とナチュラルな感じで寄ってくる。

 怪しまれなかった……のかな?


「ふぅ子さん、お肌きれいですね。どんな化粧水をつかっているのですか?」

「ええとですね……」


 リョウの知らないブランド名が出てくる。


「ちょっとお高いやつじゃないですか⁉︎」

「そんなことないですよ。ピンキリですし。中身が劣化するので、勿体もったいぶらずに使用期限をちゃんと守るのがポイントですかね」

「ふむふむ」

「あと、使い切れずに残った場合は……」


 ボディケアに使ったり。

 家のお掃除に使ったり。


 実体験を色々とレクチャーしている。


「おおっ! 大人のアドバイスだ!」

「いえいえ、私もつい先日まで高校生でしたから」


 演技をする能力って、嘘をつく能力に似ているかも。


「お手手、触ってもいいですか?」

「どうぞ」

「やっぱりスベスベだ! すごい!」

「雪染さんもきれいな肌だと思います」


 アンナの表情がぱあっと輝く。


「うちのクラスにもいるんですよ。不破くんといって、男子なのに学園で一番かってくらい肌のきれいな子が」

「へぇ、男子生徒なのに」

「憧れますよね!」


 アンナはそこで会話を切り、


「宗像くんって、いつも不破くんと一緒だし、もしかして美肌フェチなのかな?」


 いぶかしむような視線を向けてきた。


「そんなんじゃねえって。まあ、たしかに、アキラは美男子だと思うよ。ひ弱だから、庇護欲ひごよくを刺激してくる感じ」

「そうそう、庇護欲。守ってあげたくなるよね」


 アトラクションの順番がきた。

 アンナ、アキラ、リョウの順番で乗り込む。

 よっぽど肌触りが気に入ったのか、アンナは最後までアキラの手を離さなかった。


「楽しかった〜!」


 出口のところで解散。

 バイバイ、またね、と手を振って別れた。


「リョウくんって、やっぱり、雪染さんみたいな女の子が好きなの?」

「どうして?」

「チラチラ見ていたから」

「まあ……好きといえば好きだけれども……」


 もしかして嫉妬か?

 いや、まさか。


「アキラの方が好きだっつ〜の。バ〜カ」

「にゃにゃにゃ⁉︎」


 なぜかお茶のペットボトルで頭をぶん殴られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る