第75話

 アキラに手を引かれて、アトラクションの列に並んだ。

 小学生でも楽しめそうな牧歌的なやつ。


「ジェットコースターは?」


 と訊いてみた。


「ウィッグが飛ばされたらシャレにならないよ」


 と返された。

 なるほど、当たり前といえば当たり前。


「そうだ」


 アキラが携帯にメッセージを打ち始める。


舞浜まいはまのテーマパークに来ているけれども、今日ならトオルくんを一目見られるかもしれないよ』


 ポチッと送信。

 宛先はキョウカで、すぐに返信がきた。


『マジで⁉︎ ランド? シー?』


『ランド』


『行く行く! タクシーで直行しよっと!』


『僕とは別行動しています。夜の花火を見るといってました。ちなみに、服装と髪型はね……』


 やり取りを終えたアキラは、携帯で口元を隠した。


「恋は盲目とは、よくいったものだね。トオルくんの名前を目にした途端、神楽坂さんのIQ、20くらい下がったよ」

「あのな……。お客がウン万人もいるんだぜ。見つけたくて見つけられるレベルか?」

「彼女の運がよかったら。時々ヒントを送ってあげよっと」


 テーマパークで好きな人を探すって、ロマンチックだよね。

 アキラはそういって携帯をカバンにしまった。


「完全に遊んでいやがる」


 アトラクションの順番がきた。

 天井のレールからぶら下がるゴンドラに乗って、おとぎ話の世界を一周する。


 風の音。

 星のきらめき。

 幸せそうなキャラクターたち。


「楽しかった〜! リョウくんは?」

「涼しくて気持ちよかった」

「ええっ⁉︎ そっち⁉︎」

「冗談だよ」


 こういう感動って、言葉にするのが難しい。


「遠近法がたくみに施されていて、本当に空を飛んでいる気分だった」

「なにそれ。大人の感想だな〜。絵描きらしい着眼点といえるけれども」

「仕方ないだろう。アキラみたいにボキャブラリーが豊かじゃないんだから」


 アキラに笑われた。


 それから二つ、三つとアトラクションを回った。

 小腹が空いたのでチュロスを買うことに。


「お金は俺が出すよ」

「やった!」


 シナモン味とストロベリー味を買う。

 おそろいのお菓子を食べるのって、恋人みたいで楽しいかも。


「お、神楽坂さん、もう入園したって。トオルくんがいるエリアを教えてあげよっと」

「なんか、ストーカーみたいだな。ほら、トオルさん、舞台俳優兼アイドルなわけだし」

「ぐはっ⁉︎ いわれてみれば確かに⁉︎ プライベートの監視だ!」

「アキラ、ストーカー幇助ほうじょの罪で逮捕だな」

「なんてこったい!」


 頭を抱えてうずくまったとき。

 また、携帯が鳴った。

 キョウカから。


『学校の関係者に変装がバレないよう、気をつけなさいよ。夏休みの最終日だから、テーマパークに出かけている生徒が絶対いるしね』


 うぅ……。

 いわれてみれば確かに。

 毛ほども警戒してなかったな。


「はぁ? パーク内に何万人いると思っているんだ。そう簡単に鉢合わせるわけないだろう。近所のショッピングモールじゃあるまいし。ヘーキ、ヘーキ」

「おい、調子に乗るのはよくない。アキラの場合、良くない方に転ぶから」

「あのね、リョウくん……」


 タタタッと視界をもふもふが横切った。

 なんと野良猫だった。


「ニャンコだ!」

「触るのはNGだぞ」


 パーク内の動物にエサをあげないでください、触らないでください、がここのルール。


「あの子、鋭い目つきをしている。きっと、何百という野鳥やネズミを仕留めてきたハンター猫だね」

「だろうな。野生だしな。猫カフェのニャンコとは筋肉の鍛え方が違うぜ」


 猫が一瞬、アキラの存在を気にする。

 クンクンと鼻を鳴らして、茂みの向こうへ消えていった。


「イケメン猫だ! さっきの仕草、格好いい! ムービーを撮ればよかったな!」

「おいおい……恋は盲目かよ……」


 ニャンコを目にした途端、アキラのIQも20くらい下がるらしい。


「お茶が空っぽになったな」

「またお茶にしよっか」


 ジュースを買ってから、次のアトラクションに並んだとき。

 リョウたちの後ろに4人組の女性客がきた。


 たぶん高校生。

 塾とか、部活とか、わいわい盛り上がっている。


「明日から学校か〜」

「嫌だよね〜」


 リョウの背にゾクッと震えが走った。


 いやいや、明日が始業式の高校なんて、この関東圏にはたくさんある。

 うちの学校の生徒と決まったわけじゃ……。


「でも、雪ちゃんはいいじゃん」

「王子様と会えるから」

「テヘヘ」


 やべぇ……。

 この声は。


 アキラもピンチを悟ったらしく、さっきから手足が震えっぱなし。

 列から離れようにも、ここの通路は狭くて、後ろの人に声をかけないと引き返せない。


 どうする?

 あと20分くらいか?

 やり過ごせる確率は低そうだが……。


「あれ?」


 背後から覚えのある声がした。


「宗像くん……だよね? やっぱり、宗像くんだ!」


 おい!

 何がヘーキ、ヘーキだ!


「……よう、奇遇だな」

「へぇ〜、宗像くんも遊園地にくるんだ」

「まあな……10年に1回くらいは」

「なにそれ? 人生で2回目?」


 クラスメイトの雪染アンナがくしゃっと笑う。

 やっぱり、鉢合わせしたじゃねえか。

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