第72話

 アキラがガバッと跳ね起きた。


「そうだ、リョウくん!」


 もうすぐ日没。

 窓の向こうがチェリー色に染まっている。


「今度、ご飯を食べにこない? 明後日の夕方なのだけれども」


 家で焼肉パーティーをするらしい。

 不破ママの口から、宗像リョウくんも誘ったら、という提案が出たそうだ。


「おう、その日なら空いている」

「じゃあ、決まりだね。明後日はお腹をぺこぺこにしておいてください」


 アキラの家か。

 初めてだから楽しみ。

 母から感想を聞かされたとき、先を越されて悔しかったし。


「アキラの部屋にも入れる?」

「はぁ⁉︎ 女の子の部屋だぞ⁉︎ ダメに決まっているだろう!」


 だよな。

 ちょっと残念。


「俺もアキラの部屋でゴロゴロしたい」

「ゴロゴロなら、自分の部屋でもできるだろう」

「そうじゃないんだ。女子の部屋でくつろぐのは、思春期の男子に共通する夢なんだよ」

「言っとくけどな、期待しすぎると幻滅するぞ」

「別にかまわん。でも、期待はする」

「あのね……」


 新しい目標ができた。

 いつかアキラの部屋に入れてもらおう。


 そして当日。


 不破家をピンポンすると、アキラが出迎えてくれた。

 ダイニングテーブルにはホットプレート、たくさんのお肉、お野菜が並んでいる。


 タレは手づくり。

 不破ママの自信作らしい。


「さあさあ、席についてください」


 本当にマンションか⁉︎

 てくらい天井が高くて、間取りもゆったり。


「アキラとお母さんだけ? お父さんは?」

「今夜は遅くなるから。パパの分は別に焼きます」


 ガチャリと玄関の開く音がした。

 なんと、長男のトオルが帰ってきた。


 んっ⁉︎

 んんっ⁉︎


「ただいま〜、て、なんで宗像友人もいるんだよ」

「今夜はアキラに招待されまして」

「まあ……そうだわな」


 アキラと不破ママが小走りしてくる。

 その手にはパーティー用のクラッカー。


「トオルくん!」

「お誕生日おめでとう!」


 パンパンッ!

 爆音とともにテープが飛び出して、カラフルな紙吹雪がヒラヒラと舞う。


 えぇぇぇぇ⁉︎

 一言も聞いてない!


 ちょっと、ちょっと!

 焼肉のお礼のフルーツ缶しか持ってきていないのだが⁉︎


 ありえないって!

 誕生日パーティーなのにプレゼント無しとか!


 ぐはっ!

 失礼すぎて消えたい。


「ふ〜ん、宗像友人のその反応、焼肉としか聞いてないんだな」

「はい、すみません」

「ば〜か」


 トオルがアキラの額にデコピンを叩き込んだ。


「悪いのはアッちゃんだろうが。肝心な情報を伏せやがって」

「だって、誕生日パーティーって伝えたら、リョウくんが気をつかっちゃうだろう」

「逆に困らせてどうする」


 もう一発デコピン。


「あぅあぅ」

「この際だからハッキリいうが、アッちゃん、ときどきアホの子だから」

「ひど〜い!」


 すると不破ママからも、


「アッちゃんのアホなところ、ママは大好きよ」


 ニコニコしながら追い打ち。


「ママもひど〜い!」

「アッちゃん、寂しがり屋だから、一人でお留守番するとき、よくコールセンターみたいなところに電話して、向こうのお姉さんに、話し相手になってくださ〜い、てお願いしていたの」

「うはっ⁉︎ 何年前の話だよ!」

「びっくりするくらい高額な電話代の請求が続くから、ママも笑っちゃった」

「いい加減、その話は封印してほしいのだけれども」

「でも、アッちゃんらしいエピソードよ」

「うぅ……」


 アキラは耳まで真っ赤っか。

 漫才を見ているようで、リョウも声に出して笑ってしまう。


「はい! これ! トオルくんにプレゼント!」


 アキラが無理やり話題を変える。


「なんだろう……」

「筋トレ中に役立つものです」

「おお、ハンドタオルとリストバンドだ」


 黒いシックなデザインが格好いい。


「サンキュー」

「何個あっても邪魔にならないものにしてみました。あと、ローマ字で名前を刺繍ししゅうしてもらいました」


 トオルはリストバンドの触り心地を気に入ったっぽい。


 くそぅ……。

 リョウからも贈り物できれば。

 先日のレンタカーの恩だってあるし。


 そうだ!

 カバンの中にスケッチブックとペンがあるのを思い出した。


「あの、俺、トオルさんの似顔絵を描きますよ!」

「おおっ! 宗像画伯か! いいね!」


 トオルが手を叩いて喜ぶ。


「リョウくん、腕前を見せちゃってよ!」


 アキラも乗り気に。


「じゃあ、ママはそのあいだにお肉を焼いちゃおう」


 ぶっつけ本番のイラスト。

 人に見られながら描くのって、ドキドキするんだよな。

 ワガママをいえる立場じゃないけれども。


「リョウくん、犬耳をつけちゃってよ」


 視線でトオルの意向を訊いてみた。


「格好よけりゃ、俺は何でもいいぜ」


 というわけで、狼みたいなふさふさの耳をトッピング。


「できました!」

「おおっ、プロ級のスピードか」

「リョウくん、本当に上手いんだよ。早くて丁寧なんだ」

「プレゼントが似顔絵なんて洒落しゃれてるね」


 リョウが手渡した絵を、トオルは絶賛してくれた。


「うわぁ、お上手ね。繁華街にいる絵師さんみたい」


 不破ママも嬉しそう。


 ホント助かった。

 まさか似顔絵スキルがピンチを救ってくれるなんて。

 しかも、褒められてハッピーな気分。


「ではでは、トオルくんの益々ますますのご活躍と、ご健勝を祈願しまして……」

「乾杯!」


 アキラの音頭おんどで誕生日パーティーがはじまった。

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