第71話

 リョウは自室でぼけ〜としていた。


 ドキドキする。

 アキラの正体がバレて、パンドラの箱が開いた、みたいな展開にならなきゃ良いのだが……。


 ピコンと携帯が鳴った。

 リョウの心がざわめく。


『終わりました』


『結果はどうだった?』


『フラれました……涙』


『マジか⁉︎』


『というか、普通にバレた!笑』


『おい⁉︎』


 ダメじゃん……。

 不破ママの替え玉作戦。


『外村さん、とても紳士的な方でね……』


 二人でお庭を散歩したとき。

 それとな〜く指摘されたらしい。


 あの〜。

 今日は驚きました。

 写真で見た女性より一段と若々しかったので。

 これと逆のパターン……ちょっと写真を加工し過ぎかな? という女性に当たったことはありますが……。


 みたいな感じで苦笑い。


 アキラは、のっぴきならない事情があったのです、ごめんなさい、とその場で謝っておいた。


 外村さんも、大人の都合に子どもを巻き込んでしまい申し訳ありません、と理解を示してくれた。


 でも、気づいたのはご本人だけ。

 外村家のご両親には内緒にしてくれたんだって。


『だから、無事に終わっています』


『なるほど、なるほど』


 ラッキーだったな。

 ふところが広い男性で。


『僕にお見合いは15年早かったぜぃ』


『どんな空気だった? ちゃんと会話は弾んだ? 僕は封印できた?』


『ん〜とね……』


 もっとも口数が多かったのは不破ママ。


 旅行の話を振ったり。

 医療の話題で盛り上がったり。

 クラシック音楽のアレコレを語らったり。


 ぶっちゃけ、お見合いの時間を全力で満喫していたらしい。


『主役の座を奪われました。シクシク』


『なんか複雑だな』


 お料理の写真がたくさん送られてきた。


 うまそう。

 こういう画像を眺めていると、グルメマンガを描きたくなる。


『おいしかった?』


『うむ、は満足なのじゃ〜』


 ホクホク顔のアキラを想像して、リョウまでニヤニヤする。


『お、家についた』


『えっ⁉︎ 早くない⁉︎』


『リョウくん、迎えにきて』


 もしや……。

 リョウが玄関を開けると、表に止まっているタクシーと、手を振るアキラの姿が見えた。


 リョウはダッシュする。

 アキラも駆け寄ってくる。


「お疲れさま」

「ただいま」


 軽くハグをかわす。


「今日のアキラ、大人っぽい匂いがする」

「年増メイクの名残なごりかしら? なんちゃって」


 舌をぺろりと出して笑う。


 かわいいな。

 デートの待ち合わせの時みたいに胸がときめく。


「リョウくんのお母さんは?」

「出かけている。家に寄っていくか?」

「うむ」


 飲み物と一緒に、母の焼いたチョコチップクッキーを出してあげた。

 満腹かな? と思いきや、アキラは元気にバリバリ。


「おいしい!」

「チョコがたくさん入っているやつを食いなよ、ほら」

「うわぁ〜、リョウくん、わかってる〜」


 アキラが幸せそうだと、リョウも嬉しい。


「写真を見せてあげるよ。文化財に指定されている料亭でね」

「マジか……庶民だと落ち着いて食事できないな」

「うむ、いたるところに骨董品があるしね」


 建物が立派だから、マンガの背景には活用できそう。


「いつかリョウくんに連れていってほしいな」

「えぇ……」

「いい感じの服を着てさ」

「約束したいのは山々だが、すぐには無理だぞ」

「うん、ありがと、気持ちだけでも僕は嬉しいのです」


 うわ〜。

 高級料亭か。

 いくらするんだろう。


 でも、ああいうのはピンキリだって、父が話していたしな。

 最低ランクなら……背伸びをすれば……。


 いやいや。

 マンガの新人賞をとって、ガツンと奮発した方が、一生の思い出になるか。


「ん? もしかして、マンガをがんばろうって考えた?」

「なっ⁉︎」

「図星か〜。リョウくん、けっこう単純だからな〜」

「うるせえ……アキラにいわれたくない」

「でもね……」


 アキラが3枚目のクッキーをほおばる。


「リョウくんの単純で真っ直ぐなところ、僕は好きだな」


 くぅぅぅ〜。

 揶揄からかいやがって!


「あ、照れた」

「もうクッキーはあげません!」

「えっ〜、ケチ〜」

「そもそも、高級な食材をたらふく食べてきたのだろう」

「クッキーは別腹なんだよぉ〜。お願い!」

「う〜ん……」


 リョウが渋っていると、アキラは金魚みたいにお口をパクパク。


「僕に食べさせて」


 キュートにおねだり。

 ぐぬぬ……。


「あの母にして、この娘ありって感じだよな」

「僕のママにれるなよ〜」

「悪い、少し惚れたかも」

「な〜ん〜だ〜と〜」

「冗談だよ」

「むぅ〜」


 とまあ、あざとい女友達にせがまれて、つい甘やかしてしまうリョウであった。


「リョウくん」

「ん?」

「呼んでみただけ」

「こいつ……」

「好きだよ」

「どうせ、クッキーが好き、とかいうオチだろう」

「むふふ〜。さあ、どっちでしょうか」

「ホント……」


 猫みたいな女の子だ。

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