第61話

 大勢の人でにぎわうお祭り会場へやってきた。


 リョウも少しドキドキしている。


 2割は暑さのせい。

 3割は人混みのせい。


 そして残りの5割は……。

 たぶん、アキラが浴衣姿だから。


「リョウくん、とうとう僕たちは来たんだね」

「この日、この瞬間、日本でもっとも人口密度が高いところに、俺たちは立っている」

「あっはっは! 映画のクライマックスみたいなセリフだ!」

「誰かさんに感化されたせいだな」


 ポンポンポンッ!

 ポップコーンの屋台から、テンポのいい炸裂音があがる。

 

「おいしそう。買っちゃおうかな」

「やめておけ。ポップコーンだけで満腹になるぞ。アキラの胃袋は小さいから」

「むぅむぅ〜」


 リョウだって食べたいけれども。

 理性でぐっと我慢する。


「あれは、もしや⁉︎」


 アキラが見つけたのは、いちごあめ


「こういうの、お祭りじゃないと食べないよな」

「半分こしよっか」


 宝石みたいな真紅を、アキラの舌がペロッと舐めた。


「アキラの食べ方、ちょっとエロい」

「そうかな?」


 リョウは口の中でバリバリする。


「いちごって幸せ者だよね。遠い異国から伝わってきた果物なのに、日本人がもっとも愛するフルーツの一つなんだよ」

「あ〜、たしかに〜。みんなに愛される国民的アイドルって感じかも」


 フルーツの擬人化って、ときどき見かける。


 りんご、オレンジ、メロン、ぶどう、チェリー、レモン……。

 でも、いちごが安定のかわいさってイメージ。


 アクセサリーの屋台があった。

 中学生と思しきカップルがおそろいのペンダントを選んでいる。


 職人さんが名前を彫ってくれるやつ。

 こういうの、修学旅行のお土産でクラスメイトが買っていたな。


 ちょっと恥ずかしくないか?

 ペアアクセサリーって欲しいか?


 当時は疑問に思っていたが、今なら理解できる気がする。


「見て見て! かわいいの、たくさんあるよ」

「欲しいのがあったら買ってやるぞ」

「えっ⁉︎ いいの⁉︎」

「日頃のお礼だ」


 アキラの目が星みたいに輝く。


「だったらね」


 これが欲しい!

 アキラが選んだのは500円のかんざし。


 蝶々ちょうちょのチャームがついている。

 ラベンダー色の鈴だって愛らしい。


「本当にそれでいいのか?」


 もっと高い商品があるのに。


「いいの、いいの。これが一番かわいいと思ったから」

「すみません、これをください」


 買ったかんざしを手渡した。

 ところが、アキラに押し返される。


「リョウくんが僕の髪に挿してよ」

「いや……しかし……挿し方がわからない」

「テキトーでいいからさ」


 リョウは周囲をキョロキョロした。

 見よう見まねで挿してみる。


「ほらよ」

「似合ってるかな?」

「とても似合っているよ」

「リョウくんなら、そういうと思っていました」


 鈴をチャリンチャリン鳴らして楽しそう。


「射的とか、輪投げとか、リョウくんは得意?」

「そうだな。腕が長いから、少しだけ得意かもしれない」

「だったら、あれを獲ってよ」


 アキラが指さしたのは、射的の屋台に置いてある、存在感のあるクマぬいぐるみ。


 たぶん、無理。

 コルク銃の威力で倒せる相手じゃない。


「狙うだけ狙ってやる」

「ファイトだよ」


 当てるべきは頭。

 耳の付け根のあたり。


「もし獲得できたら、リョウくんのお嫁さんになってあげる」

「ちょっ……おま……」


 パンッ!

 勢いよく発射されたコルクの弾は……。

 クマぬいぐるみから大きく外れて……。


 頭にハチマキを巻いた店主の、でっぷりと太ったお腹に命中した。


「おい、兄ちゃん、なかなか良い腕をしているな」

「スミマセン……」

「いいって、気にするな。俺の腹に当てたやつは5年ぶりだぜ」


 背後でアキラが笑いを噛み殺している。


 くそっ……。

 最初からこれが狙いか。


 けっきょく、残念賞のシャボン玉をもらう。


「なつかしいな〜。でも、残念賞だから残念とは限らないのです」


 アキラが人のいない方向にシャボン玉を飛ばすと、近くのちびっ子が群がってきた。


「わあっ、シャボン!」

「もっと、つくって!」


 手でパチパチるのが楽しいらしい。


「よ〜し、勝負だ」


 生むのが早いか。

 壊すのが早いか。

 アキラとちびっ子軍団の熱いバトルがはじまった。


「ごめんね、リョウくん、シャボン玉液がなくなるまで遊んじゃった」

「いいって。見ている俺も楽しかったし」


 一つだけ、アキラに確認したいことがある。


「俺がクマぬいぐるみを獲得していたら、どうする予定だったんだよ」

「ん?」


 お嫁さんになってあげるよ、という幼稚園児みたいな約束。


「本気にしちゃうだろうが」

「リョウくん、僕とそういう関係になりたいんだ?」

「YESかNOかでいうと、YESだね。旦那たるもの、24時間いつでも嫁のお尻を揉みしだく権利がある」

「うはっ⁉︎ そっちが狙いか⁉︎ ハレンチだぞ!」


 照れ顔を一つゲット。


「みんなハレンチさ、マンガを描く男は」

「むぅ〜」


 揶揄からかったり、揶揄われたり。

 そんな距離感がベストなのかもしれない。


「しかし、傑作だったな、本当に」


 アキラが思い出し笑いをする。


「射的のおじさんのお腹……ぷるんって揺れたよ……リョウくん、君ってやつは、最高のエンターテイナーだ。いつかマンガのネタに利用してほしいよ」

「おい、こら」


 こうして夏の思い出が刻まれていく。

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