第59話

 その日の夜。

 リョウはマンガを描いていた。


 持ち込み用じゃなくて。

 1年くらい続けている四コマの方。


 すっかり更新ペースが落ちてしまった。

 ほぼ毎日更新だったのが、2日に1回になり、3日に1回になり、現在は4日に1回くらい。


 あと、フルカラーにする回数も減ったな。


『手を抜いてんじゃねえ!』

『もっと真面目にやれ、バカヤロー!』


 そんな手厳しいコメントが付かないだろうか?

 内心、恐怖していたのだが、読者は心優しい人ばかりらしく、


『受験勉強ですか?』

『もしかして風邪気味?』

『無理はしないでください』


 という温かいコメントを複数もらった。

 初めてのことだったので、びっくりするくらい嬉しかった。


 投稿サイトに『近況ノート』という機能がある。

 久しぶりに書いておくか。



【件名】

『今後の更新ペースについて』


【本文】

『近ごろ、RPGみたいな異世界(以下略)の更新ペースを落としております。


 本格的にプロを目指すべく、別の作品を仕上げているためです。


 一週間くらい更新できない場合もあり、読者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、ご了承ください。


 無量カナタより。』



 う〜ん……。

 メッチャ硬いな。


 ビジネスマンのお詫びメールみたい。

 ちょっと冷たいイメージを与えそう。


 10分くらいかけて文章をいじくる。



【本文】

『先日、WEBマンガ奨学金コンテストの結果発表があり、チャレンジャー賞なるものを受賞しました!


 このビッグウェーブに乗るしかないと考えて、手元で新作を描いております。


 公募もしくは持ち込み用の作品なので、WEB公開する予定はありません。ごめんなさい。

 あと、四コマの更新ペースが落ちます。


 創作活動は変わらずに続けており、体調面の問題などもありません。

 いつも応援ありがとうございます!


 無量カナタ@チャレンジャー賞を受賞』



 投稿ボタンを押す。

 眠くなったので、ベッドに横になった。


 そして翌朝。

 リョウは信じられない光景を目にした。


 たった一晩のうちに、20件以上のコメントがついたのだ。


 半分は固定ファンの人から。

 3割は交流のある作者さんから。


『初めてのコメント、失礼します。いつも楽しく読んでいます……』


 中には初コメをくれた人も。


 小学生とか中学生の読者さんだろうか?

 けっこう勇気がいるよな、ネットに慣れていないと。


 んっ⁉︎

 この人は⁉︎



【ユーザー名】

『長靴をはいた猫』


【コメント欄】

『君ならプロデビュー間違いなし! マンガ界の一等星になるんだ! 人類史を照らす光に!』



 アキラめ……。

 完全に深夜のテンションだな。


 なんだよ。

 一等星とか、人類史って。

 大げさな表現を好むの、アキラのクセだと思う。


 携帯を立ち上げて、


『コーヒー牛乳を吹きそうになったわ!』


 と送っておく。

 すぐに携帯が鳴った。


『コメント、読んでくれたんだ?』


『一目でアキラだと気づいたよ』


『ユーザー名が猫だから?』


『まあ、それもあるな』


『あれは、僕がリョウくんにとっての、長靴をはいた猫になりたいという願いを込めているんだ』


『どんなストーリーだっけ?』


『ごくごく平凡な職人の三男坊が、猫のアドバイスに従っていたら、王様に気に入られて、娘婿むすめむこにもらわれるお話』


『あ〜、すごい昔に読んだな』


 大昔の人も好きなんだな。

 棚ボタみたいな成り上がりのお話。


『ちなみに、オーガ(鬼)という名詞が世界で最初に登場したのが、この長靴をはいた猫なのです』


『つまり、オーガを最初に討伐したのも猫か』


『その通り!』


 強いな。

 猫のくせに。


『でも、なんで猫は長靴をはいたんだ?』


『長靴(ブーツ)は貴族のシンボルなのです。王様に謁見えっけんするのに、長靴が必要だったと考えられます』


『物知りだな〜』


 アキラが近くにいると、自分まで賢くなったような気がするから不思議だ。


 さらに数日後。

 休日というのに、朝からスーツを取り出す父の姿があった。


「あれ、今日も仕事なの?」

「でっかい商談が控えているから、その下準備があるんだ」

「大変だね。昨日は接待ゴルフがあったのに」

「模範的なサラリーマンも楽じゃない」


 父はトイレに向かおうとして、思いっきり足の指をぶつけている。


「いたたたた……」

「休んだ方がいいんじゃないの。まだお酒が抜けてないんじゃ」

「大丈夫だって。父親って生き物は、けっこう強いんだ」

「ふ〜ん」


 リョウも父親になれば分かるさ。

 暗にそういわれた気がして恥ずかしかった。


「リョウは今夜、夏祭りか?」

「まあね」

「彼女でもできたのか?」

「いいや、女友達だよ」

「脈ありだといいな」

「そんなんじゃないってば」


 優しいスマイルを浮かべて、父は玄関を出ていった。


 リビングに高級チョコの箱とメモ書きが置いてある。

 これは父から母へのお詫び。


「模範的なサラリーマンは、小さい気配りも上手いな」


 女友達……脈あり……。

 そんなんじゃないってば、か。


 変な嘘をついちゃったな。

 あれじゃ、父じゃなくてもバレバレなのに。


 でも、嘘をついちゃう時って……。

 自分でも理由がよく分からない。


「こんな気持ち……切ないよ……とか、少女マンガの主人公ならボヤくシーンだ」


 目覚ましのコーヒーが、普段よりほろ苦く感じられた。

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