第28話

 知っている?

 なにを?


 決まっている。

 アキラが女子であること。


「リョウくん、怖いよぉ〜」


 アキラが捨てられた仔猫みたいにオロオロする。


「おい、落ちつけ。もし他の生徒に見られたら……」

「でもぉ〜」


 やばい……。

 乙女の声になっている。


「お前、しゃべり方が⁉︎」

「あわわわわわっ⁉︎」


 ロミオ補正。

 切れちゃったらしい。


「細かい話はあとだ。いったん逃げるぞ」

「なんか……足に力が……入らない」

「俺の手につかまれ」


 コーナーを曲がるとき誰かにぶつかった。

 テストで傷心気味のミタケだった。


「おい、宗像! ちゃんと前を見て歩けよ!」

「すまん、キング! 今日は許せ!」

「お……おう……」


 身を隠せそうな場所を探さないと。


 部室は……。

 職員室まで鍵を取りにいくのがキツい。


 トイレは……。

 二人一緒だと男子トイレも女子トイレも利用しにくい。


「ここなら平気だ。誰も来ない」


 そういって駆け込んだのは体育倉庫。


「よかったな。今日は運動系の部活が休みらしい」


 アキラをマットの上に座らせる。

 リョウは入り口を閉めた。


「さてと……」


 いったい、誰なのだ。

 脅迫じみた手紙を送ってきたのは。


『不破アキラ、私ハ知ッテイルゾ』


 クラスメイトの仕業か。

 もしくは、ストーカーが存在するとか。


 リョウが知る限り、初めてなのだ。

 ここまで露骨な嫌がらせを受けるのは。


「どうする、アキラ。信用できる大人に相談するか」

「…………」


 返事がない。


「アキ……ラ……?」


 ぐすん、と。

 すすり泣きが聞こえる。


「まさか、お前……」

「うるさい……なにもいうな」


 泣いている。


 そっか。

 そうだよな。


 中身は女の子だから。

 不安で不安でたまらないのだろう。


 ほらよ。

 そっとハンカチを手渡した。


「前にもあったな」

「…………」

「映画館でさ」

「うん」


 アキラは3分くらい石みたいに固まっていた。


「よしっ!」


 自分で自分に気合いを入れている。


「無理はするな」

「別に無理はしていない」


 手首をつかむ。

 まだ震えている。


「俺には分かる。アキラの嘘が。だからさ……」

「うっ……ごめんなさい」

「いや、謝るな」

「うぅぅぅ……謝るなとかいわれたら……余計に悲しくなっちゃうじゃん」

「ごめん……デリカシーに欠けてた」


 リョウも隣に腰をおろす。


 抱きしめてやりたい。

 その涙をぬぐいたい。


 それが本音。

 もし恋人ならば……。


 でも、仲のいい友人。

 言葉で元気づけるのが限界なわけで……。


「ちくしょう。俺だけが知っている秘密だと思っていたのに」

「僕がボロを出していたのかも……」

「アキラの演技は上手だったよ」

「ありがとう」


 アキラが肩をあずけてくる。

 その重みが心地いい。


「夏休みに入るまで……いや、入ってからも……」

「ん?」

「俺がずっと側にいてやるよ」

「でも、それじゃ……」

「アキラのストーカーかもしれない。もしそうなら、俺のことを目障りに思うだろう。何か仕掛けてくるはずだ」

「そんな⁉︎ リョウくんまで被害を受けちゃうよ! そんなの僕は耐えられない!」

「俺だってアキラが傷つくのは耐えられない」


 意識するより先に……。

 アキラの手を握っていた。


「それに俺は頑丈なんだ。アキラの20倍か30倍くらい頑丈だ。そりゃ、利き腕をやられたら、マンガが描けなくて困るけれども……。俺の親父みたいに、顔に傷が一本できるくらい、なんてことはない」


 アキラは小さくうなずいた。


 この男には何をいってもムダ。

 そう思って諦めたのかもしれない。


「そろそろ別のところへ移動しようか」

「そうだな」


 体育倉庫のドア。

 開けようとして失敗する。


「マジかよ!」


 扉がピクリとも動かない。


 鍵は……。

 中からでも外せる。


 それなのにドアが凍りついたように開かないのだ。


「おいおいおい……これって……」

「まさか……」


 手紙を差し出した犯人か。


 リョウとアキラを尾行していた。

 体育倉庫のドアに外から細工したとか。


 ありえる。

 むしろ本命。


「くそっ……」


 ドアを叩いた。

 手が痛くなる。


「リョウくん、落ちついて」

「大声を出せば、そのうち誰か気づくかもしれない」

「いいや、その必要はないよ」


 アキラが取り出したのは携帯。


「今日、部活のある人……雪染さんあたりが校舎にいると思うんだ」


 メッセージを打つ。


『ちょっと助けてほしいのだけれども』


 すぐに既読マークがついた。


「これで安心だ」


 数分後。

 足音が迫ってきた。


「あれ? 棒みたいなものが挟まっている」


 アンナの声がする。

 ほっとした次の瞬間……。


「立てるか」

「うん……あっ……足がしびれて」


 アキラが派手にバランスを崩したのである。


 二人の体が重なり……。

 そのままマットにダイブ。


 リョウは腕を支えにすることで、アキラを押しつぶすのは回避した。


「大きな物音がしたけれども……不破くん、大丈夫?」


 まぶしい光。

 鉄のドアが開く。


「やおいだ!」


 アンナが叫んだのも無理はない。


 体育倉庫で二人きり。

 リョウがアキラを押し倒している図。


「不破くんの初めてを、宗像くんが奪っちゃった!」


 完全にやらかした……。

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