アイノとユタカの謁見

「お前、どこ出身だ?」


 イスパハル城の王の間の大きな大きな扉の前で、自分の左隣に立っている黒髪に黒目の背の高い青年に、アイノは尋ねた。


 十八になり、つい先日魔術士学校を卒業したアイノ・キルカスは剣士学校の主席の青年と共に今まさに国王陛下に謁見しようととしているところだった。毎年、魔術士学校と剣士学校の主席の卒業生は国王陛下に謁見するという決まりがあるのだ。


 アイノが今朝初めて袖を通したイスパハルの群青色の軍服は、上質な布地さまだ身体に馴染まずに硬く、周りから見れば着ているというより着られている風だったが、彼女は気が付いていない。


 代々続く高名な魔術士の家系で貴族であるキルカス家の長子として生を受けたアイノは、正に泣く子も黙る魔術士界のサラブレッドであった。

 こうして首席で学校を出ることをアイノ自身は元より、アイノの母も父も、誰もが当然のこととして受け止めていた。


「イーサだよ」


「イーサ……?」


 剣士の名門の多い領地リモワや学術都市のソウホを想像していたアイノは思わず眉を寄せた。

 イーサというと野菜や木材の産地で、つまり、ど田舎だ。少なくとも腕の立つ剣士が育つような土壌ではない。


「よくもそんなど田舎から来やがってと思っただろ? 剣士学校入ってから何千回もそういう顔されたから分かるよ」


 青年はアイノの隣で顔だけをこちらに向け、笑窪を見せながら言った。その笑顔はまるで少年の様な人懐こさだ。自分の様に育ちが良くて教養のある人間だったら初対面の相手にそんな顔を見せたりしないだろう。

 アイノは自分の考えを言い当てられてぎくりとしたが、悔しいので冷静を装った。


「名前は」


「ユタカ・アトレイド。君はアイノ・キルカスだろ? 田舎者のおれでも流石に知ってるよ。キルカス家はイスパハルの人間なら誰でも知ってる魔術士の超名門だもんな。でも、一緒に謁見する剣士学校の主席の奴の名前くらいは知っておいて欲しかったな」


 アイノはユタカ・アトレイドと名乗った青年の物言いが気に入らなかったので、言葉を無視して質問を続けた。


「アトレイド? 聞いたことない家名だな」


「だろうな。おれは孤児だから」


「孤児……⁉︎」


「その反応も慣れてるからいいけどさ。普通、主席になるのは腕前もあるけど、基本いいとこの出の奴だけだもんな。おれみたいなどこの馬の骨とも分からない奴を歴史あるイスパハルの剣士学校の主席にして国王に謁見させるなんてと、大臣やら軍の上の人達はだいぶ揉めたらしいよ。でも、ルーベル少佐がそれを押し切っておれを推薦してくれたんだ」


「ルーベル少佐が?」


 ヴァリス・ルーベル少佐といえばイスパハル軍で頭角を表した期待の星の剣士だ。

 少佐が周囲の反対を無視してまで首席として推薦するということは、このユタカ・アトレイドという奴は相当な剣の腕の持ち主だということになってしまう。アイノはその事実が信じられないというより、信じたくなかった。


「おいお前ら。これから国王陛下の御前に出るんだぞ。私語は慎め」


「ったく……一生のうちに一回でも国王陛下に謁見できるなんて、どれだけ幸運なことか分かってるのか? 最近の若者は度胸がありすぎるよ」


 王の間の扉の両脇に立つ警備の兵に注意された二人は、口をつぐんだ。


 アイノは不貞腐れた気持ちを抑えて表情と姿勢を正し、王の間の扉の大きな引き手をただ見つめ、それが開け放たれるのを待った。


(よりによってこんな田舎者と私が首席同士だなんて。私はこいつと「組み」になるのが確定じゃないか……

 先が思いやられる……)


 —


「陛下、お前を見て慌ててなかったか?」


 謁見が終わって廊下に出たアイノは、思わずユタカに尋ねた。

 国王陛下は王の間に入ってきたユタカの顔を見るなり血相を変えてユタカに出身地と歳、両親の出自を聞いたのだ。

 しかし、学校を卒業した直後なら余程のことがない限り年齢は十八に決まっている。わざわざ聞く必要などないはずだ。


「確かにそんな感じはしたけど。まあ、陛下だってこんな所に来る孤児が珍しかったんだろうな」


 ユタカはそういう反応をされることが余程多いのか、特に気に止めていない様子だ。確かに、他にこの男が陛下の気を引きそうな要素なんてまるでないのだ。そんなところだろう。


 しかし国王は孤児であるからと言ってユタカを侮蔑するような様子は全く見せず、むしろその苦労を労っていた。一端の忠誠心を持ち合わせるにはまだ若すぎるアイノは、高慢ながらに「確かに国王は国民に賢王と呼ばれるに足る人だ」と思った。


 そんな中でアイノは自分よりユタカの方が国王に注目されていたことに嫉妬に似た感情を覚え、そんな自分自身に苛立っていた。


(私ともあろう人間が、何でこんな奴に嫉妬してるんだ)


「アイノ。謁見が終わったら軍の演習棟に来いって言われてたよな? 行かないか?」


 扉の前で立ち止まり険しい顔をしていたアイノにユタカが声をかけた。


「分かってる!」


 アイノはユタカの声を遮るように大きな声で応えると、ずんずんと歩みを進めた。ユタカが後ろで大きなため息をついたのが聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る