39.子どもの時のユタカ

「ユタカは孤児院のドアの前に置き去りにされてたの。赤ちゃんなのに肩に刃物の傷があって。事情は分からないけど余程危ない目にあったのね」


「じゃあ、両親のことは何も分からないんですね……」


「ええ。服の懐に名前だけが書いてある紙が入っていて、苗字は書いてなかったわ。ここでは名前や苗字の無い子が来たらみんなで考えてプレゼントするの。だからユタカの苗字のアトレイドは両親のものではないのよ」


 そう言ってハルはふと言葉を止め、目線を手元に落とした。昔を思い起こしているのかも知れない。


「ユタカは昔から本当に優しい子で。だから剣士学校に行くと言い出した時、私は一度は止めたのよ。優しすぎて合わないんじゃないかと思って。運動神経は物凄く良かったんだけど」


「そうだったんですか……」


「でも、ユタカが十二才の時だったかしら。ユタカともう一人の少し年上の女の子が、孤児院で作った菓子を近くの村へ売りに行って。その帰りに悪い大人に売上を巻き上げられたのよ。イーサも戦争中は今よりずっと治安が悪かったからそういう人もいたのよね。で、ユタカはそれに抵抗して、逆にぼこぼこにされて帰ってきたの。偶然、一緒にいた子が魔術医師の見習いだったからその場で怪我を治してくれたから大事には至らなかったんだけど。悔しがって泣いてたユタカの顔を今でも覚えてるわ」


 その『魔術医師の見習いの年上の女の子』が誰なのか。思い当たる人があるサザは少し胸が痛んだ。


「それがきっかけかは分からないけど、ユタカは私の静止を聞かずに十五歳でここを出て国の剣士学校に入ったわ。その後の活躍は広く知られている通りね。孤児院の子もずいぶん戦争に取られて亡くなった子も多いから、毎日本当に悲しかった。でもユタカは素晴らしい剣士になって帰ってきてくれたわ。私は止めない方が良かったのね」


 ハルはそこまで言うと、すこし目線を下げた。目に涙が溜まっている。


「……辛いことを思い出させてしまってごめんなさい」


 サザは自分の好奇心でハルを悲しませたことを申し訳なくなった。


「いえ、いいのよ」


 ハルはポケットからハンカチを取り出して目頭に当てると優しく微笑んだ。


「サザ。あなたに一つ頼みたいことがあるのだけど」


「はい、何でしょう」


「ユタカはとても強いけど困っている人がいると放っておけない優しい子だから、人の痛みを引き受けすぎてしまう節があるわね」


「ええ。私もそう思います」


「だからそんな時は、自分を大切にしてもっと周りを頼るように言ってあげて。それだけ、お願いしてもいいかしら」


(そうか。ユタカが全部を一人で抱えようとするから傷ついてしまうんだ。周りの人に手伝ってもらえばいい)


 サザは目から鱗が落ちたようだった。


 ユタカの助けを欲する人もいるが、それ以上に助けになりたいと想っている人は沢山いる。国王陛下やヴァリス、トゥーリやヴェシ、リエリや、イーサの近衛兵を筆頭にした城のみんなも、町の人も。そしてサザも。


(いつか、そんなことがあったら、ハル先生のこの言葉を思い出して、領主様に言ってみよう)


 サザはハルの言葉をしっかりと胸にしまった。


「ええ。分かりました。約束します」


 サザはハルの手を取り、まっすぐに目を見て微笑んだ。


「ありがとう。あなたとユタカはいい夫婦になりそうね」


「……ありがとうございます」

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