38.孤児院

 サザとユタカは朝食を済ませると上着を着込んで犬ぞりに乗り、孤児院へ出かけた。長い冬も徐々に終わりに近づいてはいたが、春までは程遠くまだまだ雪深い。


 城の近くに流れる小川を遡りながらユタカはサザが一緒に乗った犬ぞりを走らせる。

 孤児院までの道の途中で警備に付いている近衛兵とすれ違い、ユタカは敬礼を返した。


 一連の事件から四ヶ月余り経つ。あれからは襲われることは無かったが、依然ユタカは警戒のために森やイーサの各所に以前より多くの近衛兵を配置している。心配した国王が国軍の兵士も派遣してくれている。このまま何もなければいいが、当分は警戒しておくべきだろう。


「見えてきた。あそこだよ」


 ユタカが森の奥を指差すと、木々の向こうに雪の積もった建物が見えた。尖った瓦屋根が特徴的な建物は積まれた石で出来ており、かなり古いもののようだ。孤児院というよりは教会に見える。傍に小さな馬小屋があり、一頭の馬が干し草を食んでいるのが見えた。移動の足として飼われているのだろう。


 建物の前では十人ほどの子供達が雪玉を投げ合ったり、雪山を滑り降りたり木登りをしたりして遊んでいる。子供達の相手をして遊んでやっている若い男女もいる。孤児院の職員だろうか。


 今まで辿ってきた小川は建物のすぐ近くを流れている。だいぶ上流にきたようで、すっかり細く浅くなった。今はすっかり凍りついているが、春や夏には子供が水遊びをするのにはぴったりだろう。


「ユタカにいさん!!」


 ユタカとサザは犬ぞりを降り、近くの木に手綱をくくりつけると、小さな子供達がユタカに気がついて、駆け寄ってきた。

 一斉に団子のようになってユタカの足に抱きついてくる。


「久しぶりだな。みんな元気だったか?」


 ユタカは微笑んで子供の頭を順番に撫でた。その後から、子供相手をしていた若者と、十三から十五くらいの大きな子たちが続いてこちらに来て、丁寧に頭を下げて挨拶をしてくれた。子供は全員で十五人くらいだろうか。


「こら。皆ちゃんとご挨拶なさい。それに、この人はユタカ兄さんでなく領主様ですよ」


 子供達の様子に気がついたのか、品のある佇まいの高齢の女性が一人、建物から出てきた。注意された小さい子たちが舌足らずに「りょうしゅしゃま、こんにちわ」と言うのがとても可愛くて、サザは思わず笑ってしまった。


「ハル先生。お久しぶりです」


「ユタカ、来てくれてありがとう。あ、子ども達にはああ言っちゃったけど……私はユタカって呼ばせてね。そして、初めまして。あなたがサザね。会えて嬉しいわ。さあ中に入って。寒かったでしょう」


「初めまして。宜しくお願いします」


 サザはユタカとハルに続いて建物の中に入ると、ハルに勧められた椅子に座った。


 部屋の正面には天井の高い室内に合わせた、縦長の大きなステンドグラスがはめ込まれている。

 白いワンピースの森の乙女たちが木漏れ日の中で妖精や森の動物達と戯れている、神々しくも優しい図案だ。謁見の時の王の間の大きな扉に掘られていた図案と似ている。

 ステンドグラスは木々の緑を表現した部分が多いため、まるで本物の木漏れ日のように部屋の中に光が降り注ぎ、とてもきれいだ。


 天井を見上げると、重厚な鉄で作られたシャンデリアが下がっていて、その上に天窓がある。シャンデリアの手入れ用だろう。

 やはり、この建物は元々は教会だったようだ。


「私がハル・フェーヴよ。この孤児院で五十年近く子ども達の世話をしているわ。

 ユタカの育ての親にあたるわね」


「サザ・アトレイドです。どうぞよろしくお願いします」


 サザはハルが差し出してくれた手を握りながら自己紹介をした。


 ハルは七十才過ぎ位だろうか。線は細いがとても姿勢がよい。

 品の良い白いブラウスと黒の長いスカート履いて、白髪をひっつめにして後ろでまとめ、銀縁の眼鏡をかけている。

 厳格そうな雰囲気はあるが、その眼差しは優しい。


「ここは0歳から十五歳までの子が十五人いるわ。元々由緒ある教会だったんだけど、何世代か前の司祭が亡くなった時に孤児院に転換されたの。昔のイスパハルの人達は今よりもっと頑なに信仰を守っていたから、教会といえば森の中に作られるのが普通だったのよ。今は利便性を重視して街の中に作られることが殆どよね。だから建物の造りは孤児院としてはやりにくいし、町からは離れてるんだけど。森の近くだし、先祖の霊たちに守られてるような感じがする場所で気に入ってるのよ」


「本当に素敵な場所ですね。子供達も生き生きとしていますし」


「そう……本当に生き生きとしていて。大変よ。最近は私も年だから、昼間には世話手伝いで若者に来てもらってるの。外にいたでしょう。夜は私だけで面倒みてるわ。陛下は王子様が亡くなってから孤児院にかなりの予算を割いてくれるようになったから人を雇う余裕があるの。王子様のことは本当に残念だけど……ありがたいことだわ。陛下はきっと子供が好きな方なんでしょうね」


「ユタカにいさん、あそぼー!」


 ハルが説明をしていると、ユタカと遊びたがっている子供達が耐えきれなくなったようで建物の中に入ってきた。


「はは……いいよ」


 呼ばれたユタカは子供達に引っ張られ、外に出て行ってしまった。ハルはユタカの方を見て目を細める。


「子供達はみんなユタカが大好きだから来るといつも取り合いよ。この孤児院きっての大スターですからねサザ。ユタカが結婚の報告を手紙を送ってくれたけど、今までとても苦労したのね。私は口出しするのはおこがましい立場だけど……ユタカに貴族の娘から求婚が殺到していると聞いて心配したのよ。あなたのような人が妻になってくれて、本当に良かったと思うわ」


「そんな……ありがとうございます」


 サザは照れて下を向いた。ユタカの実質的な母親であるハルにそんな風に言ってもらえるとは思わなかった。それにしても、ユタカの周りの人はどの人もみんな優しい。人に恵まれる素質があるのだろう。


(ハル先生は、領主様を小さな時から知っているんだな)


 サザは子供の時のユタカのことが気になって、尋ねてみた。


「あの、領主様はどんな子だったのかお聞きしても良いですか?」


「ええ。もちろんいいわよ」

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